胎子の快適な発育空間を作る因子を発見!

投稿者: | 2009年8月4日

‘哺乳動物では、母体の子宮内で胎子が発育します。一見当たり前のように思えますが、生物学的には不思議でいっぱいです。一般的に生物は自己と非自己を免疫的に認識することで、病気などを防いでいます。臓器移植により拒絶反応が起こるのもこの免疫システムによります。では、なぜ免疫的に異なる胎子は、拒絶されずに育つことができるのでしょうか?実は胎子は母体の免疫システムから隔離した発育空間を作っているのです。この発育空間を維持する壁は、マウスではライフェルト膜と呼ばれ、“胎盤”や“へそのお”に先立って作られます。ライフェルト膜により胎子の快適な発育空間を作ることは、妊娠において重要であるにもかかわらず、その形成の仕組みはよく分かっていません。
今回、宇都宮大学大学大学院農学研究科修士課程の五十嵐正、同大松本浩道准教授(バイオサイエンス教育研究センター兼任)らは、マウスにおける新規の妊娠成立因子を探索した結果、副腎皮質帯状因子-1(AZ-1)がライフェルト膜の構成因子のひとつであることを発見しました。また、AZ-1は着床前の胚ですでに、胎子の発育空間を構築する組織に分化する栄養外胚葉で特異的に発現していました。このことから、AZ-1は着床前から胎子発育空間を準備するのに関わっていると推察されました。
この研究成果は、アメリカ生殖生物学会の学術誌Biology of Reproduction (Online Papers in Press, July 8, 2009)に掲載されました。
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図1:マウスにおける妊娠8日目の着床後胚、子宮、そしてライフェルト膜の模式図
着床後のマウス胚は、増殖と分化を進行させ、胎子になる部分(青)と胚体外組織(水色)にはっきりと別れ、ライフェルト膜(緑)に囲まれています。この時期では、まだ胎盤は出来ていません。ライフェルト膜は、受胎直後から胚発生の空間を母体の中で維持する、いわば子供部屋の壁として機能しています。

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研究の内容

マウスの着床能力を獲得した胚における発現遺伝子を網羅的に解析した結果、高い発現を示した遺伝子群の中にAZ-1を見出しました。そこで着床前の胚発生過程におけるAZ-1の発現動態を調べました。AZ-1 のmRNAおよびタンパク質、ともに着床直前の胚盤胞というステージで高い発現を示しました(図2)。

胚盤胞では、将来胎子になる部分と胎盤などの胚体外組織になる部分に分かれています。そこで、胚盤胞のどこにAZ-1が発現しているかを調べたところ、胚体外組織にのみ分化する栄養外胚葉に局在していました(図2)。また、この栄養外胚葉におけるAZ-1の局在的な発現は、エストロジェンによって誘起されていることが分かりました。

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図2:着床前のマウス胚盤胞におけるAZ-1の発現と局在
免疫蛍光染色法により、AZ-1(緑)と核(青)を検出しています。左は着床能力をもたない胚、右は着床能力獲得胚です。AZ-1が着床能力獲得胚の栄養外胚葉(TE)特異的に発現していることが分かります。一方で、胎子に分化する内部細胞塊(ICM)での発現は見られません。

一方、着床後の胚発生においては、AZ-1は胚体外組織、特にライフェルト膜に顕著な局在を示しました。ライフェルト膜は、母体と胚の間の栄養やガス交換に関与したり、母体の免疫システムから胚を防御して、妊娠期の胎子の発育空間を維持する隔壁の役割を担っています。その主要な構成成分としては、ラミニンやコラーゲンが知られています。そこで、着床期胚におけるAZ-1およびラミニンの発現動態について比較解析しました。着床直前の胚では、両者の局在は異なっていましたが、着床後胚ではAZ-1とラミニンはライフェルト膜において共局在していました。そこでそれらの相互作用について調べたところ、ライフェルト膜におけるAZ-1とラミニンの結合が確認できました(図3)。以上の結果から、AZ-1が胚体外組織特異的、とくにライフェルト膜の新規構成因子であることを明らかにしました。これらのことから、妊娠初期において、AZ-1がライフェルト膜の構造に関わり、着床後胚の発生を支持していることが示唆されました。

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図3:着床後のマウス胚におけるAZ-1の発現と局在
免疫蛍光染色法により、AZ-1(緑)、ラミニン(赤)および核(青)を検出しています。
矢印はライフェルト膜を示し、その内側が胚、外側は子宮です。AZ-1とラミニンはライフェルト膜で高い発現と共局在していることが分かります。

 

今後の展望

新規の妊娠成立因子であるAZ-1がどれくらい重要か、について解析を進めます。ライフェルト膜の主要構成因子であるラミニンやコラーゲンを作れなくしたマウスは、胚性致死になります。その時期より早い、着床前からAZ-1は胚体外組織に局在を始めます。そこで、AZ-1はラミニンより早い時期から胎子の発育空間を構築する分子として機能する、という仮説を考えました。この実証により、受胎の分子機構解明が大きく進展することを期待しています。

 

用語解説

胎子:
ヒトでは「胎児」という用語が使われていますが、動物では「胎子」が一般的です。

胚盤胞:
着床前発生の最終ステージで、栄養外胚葉と内部細胞塊の2つの組織に分類されます。栄養外胚葉は、胎盤などの胚体外組織に分化します。内部細胞塊から分化したものが胎子になります。

胚体外組織:
胎子にはならず、胎子の発生を維持するために機能する組織です。着床前の胚盤胞では既に、胚体外組織への分化が始まっています。

ライフェルト膜:
マウスにおいて母体と胎子の間にあり、胎子の発育空間を維持する部屋を構築しています。胎盤や臍帯(へそのお)が母体と胎子の連絡路として機能できるのも、この膜構造による隔壁がしっかりと支えているからです。

本件に関する問い合わせ先
宇都宮大学農学部 生物生産科学科 動物育種繁殖学研究室
(宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター 兼任)
准教授 松本 浩道(まつもと ひろみち)
Tel: 028-649-5432