ウイルスが細胞の翻訳系を乗っ取るしくみを解明

投稿者: | 2008年7月1日

宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターの夏秋知英センター長(農学部教授兼任)らは、聖マリアンナ医科大学の三好洋講師や大阪薬科大学の友尾幸司准教授とともに、ダイコンやキャベツなどのアブラナ科野菜に病気を引き起こすカブモザイクウイルスが、細胞の翻訳系を乗っ取るしくみの一端を明らかにしました。日本中で広く発生しており、どこのダイコン畑にも必ずいるこのウイルスは、粒子中に一本鎖RNAがはいっており、その5”末端にVPgというタンパク質が結合しています。普通の細胞では、mRNAは5”末端のキャップ(cap)構造が翻訳開始因子と結合することで、タンパク質への翻訳が始まります。 VPgはこのキャップ構造と類似した機能を持っていて、キャップ構造よりも強く、翻訳開始因子と結合することがわかりました。この結果、ウイルスRNAはmRNAより優先的に翻訳されると考えられます。さらに、この結果は、ウイルスRNAから翻訳された余剰のVPgが細胞のmRNA翻訳を阻害していることを、裏付けるものです。このようにして、ウイルスは宿主となる植物の細胞の翻訳系を乗っ取っていると考えられます。

この研究成果はウイルスの優先的な増殖メカニズムの解明に加え、ウイルス抵抗性品種の開発につながるものと期待されています。
PR2008-3_Fig1
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この論文は、フランスのBiochimie誌に掲載される予定です。

研究の背景

植物ウイルスは、ウイルスゲノムを複製するタンパク質、植物内を移動するためのタンパク質、ウイルスゲノムを包んでいるタンパク質などの情報の載っている遺伝子を持っています。ところが、RNAからタンパク質を作る、つまり翻訳に関わるタンパク質をウイルスは持っていません。したがってウイルスは、複製や増殖をするために植物の翻訳系を利用しなければなりません。

通常、植物の遺伝子がmRNAからタンパク質に翻訳されるためには、mRNAの末端のキャップ構造と翻訳開始因子(eIF4E、またはeIFiso4E)が結合しなければなりません。ウイルスの中にもゲノムの末端にキャップ構造を持ち、この翻訳システムを利用しているものがいます。その一方で、キャップ構造を持たないウイルスもたくさん見つかっています。キャップ構造を持たないウイルスは、どのようにして植物の翻訳系を利用しているのでしょうか?

今回の研究対象であるカブモザイクウイルスは、キャップ構造を持たないウイルスの1つです。カブモザイクウイルスはダイコンやキャベツといったアブラナ科の植物に感染し、生育不全や収穫量の低下を引き起こします。カブモザイクウイルスは粒子中に一本鎖RNAを持ち、そのRNAの末端はVPgというタンパク質と結合していることが明らかとなっています。さらにVPgは翻訳開始因子と結合することも示されています。これらの研究から、VPgはキャップ構造を模倣して翻訳を開始する機能を持つと考えられています。

しかしながら、VPgとキャップ構造はあまりにも分子の大きさが異なるため、VPgのどの領域が翻訳開始因子と結合するか、またキャップ構造と比べて翻訳開始因子との結合力はどの程度か、について興味が持たれていました。さらに、カブモザイクウイルスは感染時にVPgを過剰に作ることも知られていましたが、その役割については明らかにされていませんでした。

研究の内容

翻訳開始因子との結合に重要なVPgの領域はどこか?

翻訳開始因子と結合するために重要なVPgの領域を調べるために、VPgをアミノ末端から徐々に短くしていった変異体を作製し、それぞれ翻訳開始因子との結合力を調べました。その結果、192アミノ酸からなるVPgのうち、アミノ末端から数えて51から70番目の領域が結合に重要であることを明らかとしました。

キャップ構造とVPgで、翻訳開始因子との結合力に差はあるか?

キャップ構造とVPgのどちらが翻訳開始因子と強く結合するかを調べるために、まずキャップ構造を持つRNAを試験管の中で生産しました。このRNAからは、DHFRというタンパク質が発現します。この試験管の中にVPgを加えると、DHFRの発現が大きく阻害されました(図参照)。この結果は、VPgが優先的に翻訳開始因子と結合することで、キャップ構造を持つRNAの翻訳を阻害したことを示しています。つまりVPgを持つウイルスRNAは、キャップ構造を持つ植物のRNAよりも優先的に翻訳されると考えられます。さらに、VPgはウイルス感染植物内で過剰に作られることから、植物のRNAの翻訳を阻害しているとも考えられます。

PR2008-3_Fig2図 VPgはキャップ構造を持つRNAの翻訳を阻害する


 キャップ構造を持つRNAの存在する試験管内では、DHFRタンパク質が発現する。この発現量を100%とすると、VPgを加えることで発現量が低下し、VPgを増加させるにしたがってDHFRタンパク質発現量も低下する。

今後の展望

これらの発見は、カブモザイクウイルスがキャップ構造ではなくVPgの機能によって、植物の翻訳開始因子を含む翻訳系を利用する、さらには乗っ取ってしまっていることを示しています。これを逆手に取り、VPgとは結合しない翻訳開始因子を発現・利用する植物を選抜あるいは作出することによって、カブモザイクウイルス抵抗性の品種を開発できると期待されています。

用語解説

翻訳開始因子:mRNAからタンパク質を作る際に活躍する、細胞内の装置のこと。この装置はたくさんの部品(タンパク質)からなり、特にキャップ(またはVPg)と結合する部品をeIF4Eと呼びます。eIFiso4EはeIF4Eの仲間で、カブモザイクウイルスは主にeIFiso4Eを利用します。