アユ腸内細菌よりAHL分解酵素遺伝子を発見

投稿者: | 2008年7月28日

宇都宮大学大学院工学研究科の諸星知広助教・池田 宰教授(副センター長兼任)の研究グループは、アユの腸内細菌群集から、微生物のコミュニケーション物質であるアシル化ホモセリンラクトン(AHL)を分解する遺伝子を単離しました。ビブリオ病菌や緑膿菌などの多くの病原性細菌は、このAHLをやりとりすることで周りの仲間と連携を取り合い、集団で一斉に病原性を発揮することが知られています。このため、AHLが分解されると病原性細菌は周囲の仲間とコミュニケーションが取れなくなり、病原性を発揮することが出来なくなります。今回取得したAHL分解遺伝子は、健康なアユ腸内に生息するShewanella(シュワネラ)属細菌MIB015株から取得したものであり、AHLをホモセリンラクトンと脂肪酸に分解する機能を有しています。実際に、アユのビブリオ病の原因菌に、今回取得したAHL分解遺伝子を導入したところ、ビブリオ病菌の病原性因子の活性が半分程度にまで減少することが明らかになりました。取得した遺伝子の直接的な利用とともに、MIB015株はアユ腸内で安定して生息できることから、病原菌のAHLを分解する機能を持つプロバイオティクスとしての応用も期待できます。
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図の説明:多くの病菌は、AHLをやりとりして仲間と連携をり、集団で一斉に病原性を発揮します。 AHL分解酵素によりAHLが分解されると、病原菌は周囲の仲間とコミュニケーションが取れなくなり、病原性を発揮することができなくなります。
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この論文は、日本農芸化学会英文誌に掲載される予定です。
細胞間コミニュケーションについては、宇都宮大学大学院工学研究科生物工学研究室HPにさらに詳しく紹介されています。

研究の背景

これまで孤独に生きていると考えられてきた微生物も、人間と同じように周囲の仲間とコミュニケーションを取り合い、様々な生命活動を行っていることが明らかとなってきました。このような微生物コミュニケーションの一つにクォーラムセンシングと呼ばれる機構があります。クォーラムセンシングとは、微生物がオートインデューサーと呼ばれるコミュニケーション物質を介して周囲の仲間の数を計測し、仲間が増えたところで様々な遺伝子の発現を活性化させる機構です。

微生物の中でも、特に病原性細菌の場合、クォーラムセンシングにより病原性の発現を制御するケースが多数報告されています。栃木県の名産であるアユやニジマスに感染する病原菌の場合、ビブリオ病やエロモナス病の原因菌はクォーラムセンシングにより病原性因子の発現を制御している事が報告されています。これらの病原菌のクォーラムセンシングを阻害することができれば、病原菌が侵入しても病原性を発揮することができず、病原性を抑制することができることが明らかになっています。

ビブリオ病やエロモナス病の原因菌は、オートインデューサーとしてアシル化ホモセリンラクトン(AHL)と呼ばれる化学物質を合成し、クォーラムセンシングを働かせていることが明らかになっています。AHLを何らかの方法で分解することが出来れば、病原菌は病原性を発揮できなくなります。実際に植物などでは、ある種の細菌からクローニングしたAHL分解遺伝子を用いることで、植物病原菌の感染および病気の発症を抑制した例も報告されています。

しかしながら、アユを含む魚類の病原菌でこのような研究を行った例はほとんど報告されていません。私たちの研究グループは、健康なアユ腸内に生息するShewanella(シュワネラ)属細菌MIB015株がAHLを分解する能力を持つことを以前に報告しています。そこで、MIB015株からAHL分解遺伝子をクローニングし、アユの病原菌の病原性を抑えることが可能かを検討しました。

研究の内容

AHL分解遺伝子はどのようにAHLを分解しているか?

MIB015株染色体からPCR法によりAacと呼ばれるAHL分解酵素をコードするaac遺伝子をクローニングすることに成功しました。AHLはホモセリンラクトンを基本骨格として、様々な構造の脂肪酸がアミド結合した構造をしています。そこで、Aacにより分解されたAHLの構造を高速液体クロマトグラフィーで調べたところ、Aacにより分解されたAHLはアミド結合が切断され、脂肪酸とホモセリンラクトンが遊離している事が明らかになりました。

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図:AacはAHLを脂肪酸とホモセリンラクトンに分解する


AacはAHLの脂肪酸とホモセリンラクトンのアミド結合を切断して分解します。分解されたAHLはもはやコミュニケーション物質としては認識されません。

AHL分解遺伝子はアユ病原菌の病原性を抑えられるか?

アユのビブリオ病菌は、病原性因子の一つであるバイオフィルムの形成を、AHLを介したクォーラムセンシングにより制御していることが明らかになっています。そこで、ビブリオ病菌にaac遺伝子を導入して、病原性因子の発現を抑制できるか検証したところ、aac遺伝子を導入したビブリオ病菌はAHL生産が完全に消失し、バイオフィルム形成も約50%程度にまで減少することが明らかになりました。

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図:aac遺伝子の導入はビブリオ病菌の、バイオフィルム形成を抑制する

ビブリオ病菌は病原性因子の一つである、バイオフィルム形成をAHLにより制御しています。aac遺伝子を導入したビブリオ病菌は、導入していない菌株に比べて50%程度バイオフィルム形成量が抑制されています。

今後の展望

これらの発見は、Aacを利用したアユ病原菌の病原性抑制技術へつながる可能性を示唆しています。また、MIB015株は健康なアユ腸内から取得した菌株であるため、アユ腸内でも安定して生息できると考えられます。このことから、MIB015株を病原菌のAHLを分解する機能を持つプロバイオティクスとして応用することも期待できます。

用語解説

バイオフィルム:固体表面に付着した微生物が細胞外多糖と呼ばれる分泌物により作る構造体です。バイオフィルムは環境中の様々な場所に作られ、風呂場や川底の石の表面のぬめりなども、バイオフィルムの一種です。バイオフィルムが作られると内部まで薬剤が浸透しにくくなるため、カテーテルなどの医療用器具表面に病原菌がバイオフィルムを作ると、院内感染の原因となります。
プロバイオティクス:腸内細菌のバランスを改善し、宿主に良い働きをする微生物(いわゆる善玉菌)やそれを含む食品のことです。乳酸菌飲料などがこれにあたります。