ミジンコの性はなぜ環境で変わるようになった?幼若ホルモンによる遺伝子制御の「再配線」を発見

投稿者: | 2026年1月20日

【本研究のポイント(図1)】
・ミジンコの仲間は環境悪化(短日・低温・高密度・低餌など)を感知するとオスを産む環境依存型性決定を行います。
・オスを産む際には、母親の幼若ホルモン(JH)注1)シグナルが活性化することが知られていましたが、その下流でどのようにして子の性が変化するか、そのメカニズムは未解明でした。
vrillevri)遺伝子が、ミジンコではJH受容体複合体(Met/SRC)により直接転写活性化注2)される「JH標的遺伝子」であることを突き止めました。
・ミジンコのvri の制御領域注3)には、近縁の節足動物には見られない 9 塩基のJH応答配列注4)が存在しており、ゲノム編集でこの配列を欠損させたミジンコではJHによる vri の発現とオス産生の誘導が減弱することを示しました。

【研究概要】
節足動物類の体内に存在する幼若ホルモン(JH)は、変態や生殖のみならず、休眠、社会性昆虫のカースト分化など多様な働きを担います。特に、淡水性甲殻類ミジンコではJHは性決定の制御という独自の機能を獲得しています。しかしながら、母親のJHのシグナルがどのような分子経路を通じて子の性決定に結びつくかは未解明であり、さらにはこのようなJHの新規機能が進化の過程でどのように生じたかは十分に理解されていません。宇都宮大学大学院地域創生科学研究科博士後期課程3年の高畑佑伍さんとバイオサイエンス教育研究センターの宮川一志准教授らの研究グループは、同センターの鈴木智大准教授、静岡大学理学部の道羅英夫教授と共同で、JHが進化の過程で新たな下流遺伝子を獲得し、種特異的な生命現象(ミジンコの性決定)へと組み込まれていく仕組みを、DNA配列レベルで示しました。本研究成果は2026年1月16日付で米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」に掲載されました。また、実験に用いたミジンコの写真が同誌表紙を飾りました。

【研究背景】
多くの生物では、性(オス/メス)は性染色体などの遺伝情報によって決まります。一方、ミジンコのように環境に応じて子どもの性を切り換える「環境依存型性決定」を行う生物も存在します。ミジンコは好適環境では単為生殖によりメスを産んで増殖しますが、短日や低温、個体密度の上昇、餌の減少など環境悪化を感知するとオスを産み、有性生殖へ移行します。有性生殖でできる休眠卵は低温や乾燥に強く、厳しい季節を乗り越える上で重要です。

ミジンコのオス産生は幼若ホルモン(JH)シグナルの活性化によって誘導されることが知られていましたが、母親で活性化されたJHシグナルが、どの遺伝子を介して胚の性決定へとつながるのかは分かっていませんでした。特に、JHおよびその受容体が進化の過程でどのように新しい「標的遺伝子」を獲得し、種特異的な生物学的機能へと組み込まれていくのかを示す分子機構の例は限られていました。

【本研究の成果】

生体内においてJHシグナルが活性化する際には、JHは受容体Metと補因子SRCという二つのタンパク質と結合し、JH受容体複合体を作ります。この受容体複合体がJH依存的な転写因子として働き、下流の遺伝子の転写を活性化することでシグナルが伝達されます。昆虫類においてはこのJH受容体複合体によって直接転写活性化される遺伝子がいくつか同定されていますが、ミジンコ類では未知でした。本研究では、まずミジンコのゲノムを長鎖リードシーケンスで高精度に解読し、MetとSRCという二つのタンパク質からなるJH受容体複合体が結合する配列(JH応答配列:JHRE)を網羅的に探索しました。その結果、昆虫では概日時計注5)に関与することが知られている遺伝子 vrillevri)の上流制御領域に、9塩基のJH応答配列(9 bp-JHRE)が2か所存在することを見いだしました。ミジンコにJHを暴露するとこのvriの発現が上昇することから、vriはJHシグナルの下流で働く遺伝子であることが予想されました(図2)。

次に、昆虫培養細胞を用いたレポーターアッセイにより、vri の上流制御領域がJH存在下で30倍以上の転写活性化能を示すこと、そしてこの活性化にはJH受容体複合体(Met/SRC)と9 bp-JHREの相互作用が必須であることを示しました(図3)。これらの結果はvriがミジンコにおいてJH受容体複合体に直接転写活性化される「標的遺伝子」であることを意味します。さらに、昆虫類のコクヌストモドキでは、vriの周辺のゲノム配列にJHREが存在せず、またその発現量もJH暴露に応答した変化を示さない(標的遺伝子ではない)ことから、特定の制御配列の有無が種間でvriのJH応答性に差異をもたらすことが示されました。

最後に、CRISPR/Cas9法注6)によりミジンコ vri の9 bp-JHREの一つを欠損させたところ、野生型注7)のミジンコと比較して、JH暴露による vri 発現誘導が低下し、オス産生の誘導効率も低下しました(図4)。これはミジンコのオス産生が、JHがこの9 bp-JHREを介して直接vriの転写を活性化することによって誘導されていることを示します。さらに、ゲノムデータが利用可能なさまざまな節足動物において、vriの制御領域の配列を比較したところ、この9 bp-JHREを含む領域が環境依存型性決定を行うミジンコ属3種に高度に保存されていた一方で、ミジンコと同じ鰓脚綱に属する甲殻類アルテミアをはじめ、遺伝性決定を行う節足動物類には全く保存されていないことがわかりました。このことはミジンコ類における環境依存型性決定の成立に9 bp-JHREを含むこの領域の配列獲得が関連する可能性を示唆します。

【成果の意義】
本研究は、幼若ホルモン(JH)という節足動物に広く保存された内分泌因子が、進化の過程で新たなDNA配列(JH応答配列)を獲得することで、既存の遺伝子(概日時計遺伝子 vrille)を環境依存型性決定という新しい生物学的機能へと組み込んだことを、分子レベルで明らかにしました。これは、生物進化において、ホルモンや遺伝子などの生体因子の間の制御関係が繋ぎ変えられる「再配線」の重要性を理解する上で重要な知見です。またJH様物質は殺虫剤の成分としても使用されているため、外部から暴露されたJHがどのようにしてミジンコの性を変化させるかその分子機構の一端を明らかにした本研究は、内分泌かく乱現象の分子基盤理解にも貢献する成果です。

【研究エピソード】
高畑 佑伍 (たかはた ゆうご) 博士後期課程3年(2026年1月現在)
本研究は、学部生から博士課程の過程で習得してきた分子生物学、ゲノム解析、ゲノム編集などの手法や技術を総動員して実施しました。時間をかけて基礎から積み上げてきた知識と技術、そして多くの方々の支援があったからこそ、既存遺伝子の流用(co-option)と再配線という進化の根幹に関わる問題に、分子レベルで迫ることができたと考えています。一つの問いに長期的な視点で向き合い続けた結果として、本研究の成果を形にすることができたことを大変嬉しく思っています。今後も、この水準の研究を継続できるよう努めていきたいと思います。

【付記】
本研究は、日本学術振興会による科学研究費助成事業 基盤研究(B)(課題番号:25K02323)および特別研究員奨励費(課題番号:25KJ0706)の支援を受けて実施されました。また、本研究の一部は、斎藤裕奨学金(宇都宮大学3C基金)ならびに一般社団法人共同事業推進支援機構 奨学金の助成を受けて行われました。

【用語説明】
注1) 幼若ホルモン(juvenile hormone):昆虫などの節足動物において主に変態や生殖を制御する内分泌因子(ホルモン)。ミジンコの性決定の制御のように、特定の種で特別な機能を果たしている例も知られている。
注2) 転写活性化:DNA上の遺伝子が「オン」になり、対応するRNAが作られやすくなること。
注3) 制御領域:遺伝子が「いつ・どれくらい」働くかを調節するための、遺伝子の近くにあるDNA部分。
注4) JH応答配列:幼若ホルモンによって活性化された受容体が結合し、遺伝子の転写を調節するDNA配列。
注5) 概日時計:ほぼ全ての生物が持つ、昼夜の変化に適応するための約24時間周期の体内時計。
注6) CRISPR/Cas9法:ゲノム編集の代表的な手法の一つ。ゲノム中の任意の部位でDNA鎖を切断し、変異を導入することができる。
注7) 野生型:ゲノム編集等によって変異が導入されていない、正常な状態の生物。

【論文情報】
論文名:Evolution of environmental sex determination via juvenile hormone-induced gene co-option in Daphnia (ミジンコにおける幼若ホルモン誘導遺伝子の流用による環境依存型性決定の進化)
著者:  Yugo Takahata, Moe Kusajima, Shione Abe, Misato Okamoto Miyakawa, Tomohiro Suzuki, Hideo Dohra and Hitoshi Miyakawa
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2525480123

【英文概要】
Juvenile hormone (JH) exerts pleiotropic effects in insects, regulating not only metamorphosis and reproduction, but also caste differentiation, morphogenesis, and diapause. How such diverse functions evolved from the ancestral role of JH remains poorly understood. The water flea, Daphnia, provides a striking case in which JH governs environmental sex determination (ESD) by inducing male production. Nonetheless, the molecular pathway linking maternal JH signaling to sex determination has remained unknown. Here, we identify the circadian gene, vrille (Dpvri), as a direct transcriptional target of JH signaling. Reporter assays revealed that Dpvri is activated by the JH receptor complex (Met/SRC) via newly acquired 9-bp JH response elements (9bp-JHREs) in its regulatory region, whereas the beetle (Triboliumvri gene lacks such elements and did not show JH-responsive expression. This demonstrates that the presence or absence of specific regulatory sequences underlies interspecific differences in JH responsiveness. CRISPR/Cas9 mutagenesis of a single JHRE substantially reduced JH-dependent Dpvri expression and elevated the threshold for male induction, demonstrating its causal role in vivo. Comparative sequence analyses showed that JHREs in vri are conserved in the Cladocera, but absent in the crustacean, Artemia, suggesting that their emergence coincided with the origin of ESD in this lineage. These findings reveal the evolutionary co-option of vri into the JH pathway via acquisition of a novel JHRE, providing a mechanistic explanation for diversification of JH functions in arthropods.

【本件に関する問合せ】
(研究内容について)
国立大学法人 宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター 准教授 宮川 一志
TEL:028-649-5189 FAX:028-649-8651 E-mail:h-miya※cc.utsunomiya-u.ac.jp

国立大学法人 静岡大学 理学部/グリーン科学技術研究所 教授 道羅 英夫
TEL:054-238-6354 FAX:054-238-6354 E-mail:dora.hideo※shizuoka.ac.jp

(報道対応)
国立大学法人 宇都宮大学 広報・渉外係
TEL:028-649-5201 E-mail: kkouhou※a.utsunomiya-u.ac.jp

国立大学法人 静岡大学 広報・基金課
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