ミジンコが概日時計を用いて日長を認識し子どもの性を切り換えていることを証明

投稿者: | 2024年4月5日

【本研究のポイント】
▪️ミジンコは長日ではメスを、短日ではオスを産む環境依存型性決定注1)を行うがその仕組みは未解明である。
▪️ゲノム編集技術によって、生物の振る舞いに内因性の24時間のリズムをもたらす「概日時計注2)」の機能が破壊されたミジンコを世界で初めて作出した。
▪️概日時計が破壊されたミジンコは長日でも短日でもメスを産むことから、概日時計を用いて短日を認識しオスを産生していることが示された。

【研究概要】
私たち人間をはじめ多くの生物では、性(オスになるかメスになるか)は両親からどのような性染色体を受け継ぐかで決まる「遺伝性決定」です。一方で、一部の生物ではこのような性染色体が存在せず、環境に応じて性が決まる「環境依存型性決定」を行うことが知られています。宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターの阿部潮音(あべしおね)さん(大学院生・研究当時)、高畑佑伍(たかはたゆうご)さん(大学院生)と宮川一志(みやかわひとし)准教授は、日長で子どもの性が変化するという環境依存型性決定を行うミジンコにおいて、その制御に、生物の振る舞いに内因性の24時間のリズムをもたらす仕組みである概日時計が関与することを証明しました。本研究は、2024年4月4日付の米科学誌 Current Biology に掲載されました。

ミジンコは暖かく餌も豊富な春から夏にかけては、メスはオスと交尾することなく自分と同じ遺伝子を持つ娘を産んで増える単為生殖を行います。一方で、秋になると一部のミジンコはオスを産生し、メスと交尾して有性生殖を行います。有性生殖で作られた卵は低温や乾燥に強い休眠卵となり、この状態で厳しい冬を乗り越えます(図1)。オスを産む際ミジンコは、水温の低下や餌の減少、個体密度の上昇といった様々な環境情報を感じ取って「秋」を認識しますが、中でも特に重要な情報が一日における昼と夜の長さである「日長」です。

ミジンコは昼が長い長日だとメスを産み、反対に夜が長い短日だとオスを産むことが知られています。同じ場所同じ日付であっても気温(水温)などは毎年変わりうるのに対し、日長に年ごとの変化はほとんどありません。したがって日長は生物が季節を認識する上で最も信頼性の高い情報と言えます。しかし、ミジンコがどのような仕組みで日長を感受しオスとメスを産み分けているかは全くわかっていませんでした。

【概日時計が破壊されたミジンコの作出】
地球上では自転に伴って昼と夜という24時間周期の環境変化が常に起こります。摂食や繁殖といった生物の様々な振る舞いには、この昼夜の周期に同調した約24時間のリズムが見られます。多くの場合、この24時間のリズムは昼夜の気温差といった環境変化に直接応答しているのではなく、生物が備える「概日時計」が刻むリズム(概日リズム)を利用して作り出されています。また概日時計は日長の認識にも重要であると考えられており、昆虫類の季節性の繁殖や休眠に関与していることなどが明らかになっています。

私たちはまず、昼夜の時間の割合は短日と同じ(昼10時間:夜14時間)ですが、概日時計の時刻の12時付近に昼の時間を差し込んだ条件でミジンコを飼育しました。すると、昼夜の長さは短日と同じであってもメスが産生されました(図2)。

この結果はミジンコが日長認識に概日時計を利用していることを示唆するものであったため、それを証明するために続いて、これまでに例の無い概日時計を破壊したミジンコの作出を試みました。概日時計を構成する遺伝子(時計遺伝子注3))の一つであるperiod遺伝子が明瞭な約24時間周期の発現変動を示していたため、ゲノム編集技術のCRISPR/Cas9法注4)を用いてperiod遺伝子を破壊したノックアウトミジンコを作出しました。作出したperiodノックアウトミジンコは、プランクトンが示す代表的な概日リズムである日周鉛直運動注5)が持続できなくなっており、世界で初めて概日時計の機能が破壊されたミジンコの作出に成功しました。

【ミジンコはオス産生時の短日の認識に概日時計を使っている】
作出したperiodノックアウトミジンコが日長にどのように応答するかを調べたところ、長日でも短日でもメスを産み続けることが明らかになりました(図3)。また、母親ミジンコがオスを産む際に体内で働くホルモンである幼若ホルモン注6)periodノックアウトミジンコに暴露したところ、野生型注7)のミジンコ同様に日長にかかわらずオス産生が誘導されました(図3)。このことは、periodノックアウトミジンコはオスを作る能力自体を失っているわけではなく、短日でもオス産生ホルモンである幼若ホルモンが体内で作られないことを示唆します。さらにperiodノックアウトミジンコを、短日以外のオス産生シグナルである低餌量・高個体密度に晒したところ、やはり野生型と同様にオスが産生されました。

概日時計はミジンコにオス産生を引き起こす様々な環境シグナルの中で、「短日」の認識にのみ関与していると考えられます(図4)。

【成果の意義】
生物は進化の過程で様々な環境適応機構を獲得してきました。「性」という生物の繁殖に極めて重要な要素すら環境で変化させてしまうミジンコの環境依存型性決定は、生物の環境適応の最もダイナミックな事例の一つであり、その制御機構や進化過程の解明は、常に環境が変動する地球上でいかにして多様な生物が生じてきたかを理解する上で重要です。

今回、ミジンコは概日時計を用いて短日を認識することでオスを産生していることが明らかになりました。今後はオス産生時に概日時計を介したシグナルが低餌量など他の環境シグナルとどのように相互作用しながら下流のホルモン経路を活性化するのかを調べていくことで、新たな環境応答が進化する仕組みに迫ることができると期待されます。

【論文情報】
論文名:Daphnia uses its circadian clock for short-day recognition in environmental sex determination(ミジンコは環境依存型性決定において概日時計を用いて短日を認識する)
著者:Shione Abe, Yugo Takahata, Hitoshi Miyakawa
掲載誌:Current Biology
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.03.027

【研究エピソード】

阿部潮音 (あべしおね) 令和6年3月 博士前期課程修了
実験開始当初はミジンコのコンディションを維持するのも難しく、「私がミジンコを飼育しているのではなく、ミジンコが私を飼育しているのではないか」と錯覚するほどでした。また、ミジンコの時計遺伝子の発現リズムを抑えるべく、私自身の生活リズムを犠牲にしてサンプリングを行うこともありました。ミジンコは周囲の環境を読み取り、巧妙な生活環を構築している魅力的な生物です。研究によって「ミジンコがどのようにして周囲の環境を読み取っているのか」の一端に触れられたことを嬉しく思っています。

【付記】
本研究は科学研究費補助金(宮川一志:17K07558)、環境研究総合推進費(宮川一志:1RF-2202)、公益財団法人クリタ水・環境科学振興財団研究助成の支援を受けて実施されました。

【用語説明】
注1)    環境依存型性決定:
性(オスになるかメスになるか)を、温度や餌環境、日長などの周囲の環境に応じて決める性決定システム。
注2)    概日時計:
ほぼ全ての生物が持つ、昼夜の変化に適応するための約24時間周期の体内時計。概日時計によって作られる内因性のリズムは、昼夜の情報の無い恒明や恒暗条件に移された後もしばらくの間自律的に継続する。
注3)    時計遺伝子:
概日時計の実体として働く遺伝子群の総称。中でもperiodtimelessClockcycleの4つの遺伝子は多くの生物に共通して中心的な機能を果たしている。
注4)    CRISPR/Cas9法:
ゲノム編集の代表的な手法の一つ。ゲノム中の任意の部位でDNA鎖を切断し、変異を導入することができる。
注5)    日周鉛直運動:
ミジンコなどのプランクトンが主に視覚を用いて餌を探す魚などの捕食者から逃れるために、池や湖のどれくらいの深さに滞在するかを昼夜の変化にあわせて周期的に変化させる現象。この周期的な運動は一様な光環境に移された後もしばらく継続することから、古くから概日時計によって制御されていると考えられてきた。
注6)    幼若ホルモン:
昆虫などの節足動物において主に変態や生殖を制御する内分泌因子(ホルモン)。ミジンコの性決定の制御のように、特定の種で特別な機能を果たしている例も知られている。
注7)    野生型:
ゲノム編集等によって変異が導入されていない、正常な状態の生物。

【論文情報】
論文名:Daphnia uses its circadian clock for short-day recognition in environmental sex determination
(ミジンコは環境依存型性決定において概日時計を用いて短日を認識する)
著者:Shione Abe, Yugo Takahata, Hitoshi Miyakawa
掲載誌:Current Biology
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.03.027

【英文概要】
Some organisms have developed a mechanism called environmental sex determination (ESD), which allows environmental cues, rather than sex chromosomes or genes, to determine offspring sex. ESD is advantageous to optimize sex ratios according to environmental conditions, enhancing reproductive success. However, the process by which organisms perceive and translate diverse environmental signals into offspring sex remains unclear. Here, we analyzed the environmental perception mechanism in the crustacean, Daphnia pulex, a seasonal (photoperiodic) ESD arthropod, capable of producing females under long days and males under short days. Through breeding experiments, we found that their circadian clock likely contributes to perception of day length. To explore this further, we created a genetically modified daphnid by knocking out the clock gene, period, using genome editing. Knockout disrupted the daphnid ability to sustain diel vertical migration under constant darkness, driven by the circadian clock, and leading them to produce females regardless of day length. Additionally, when exposed to an analog of juvenile hormone (JH), an endocrine factor synthesized in mothers during male production, or subjected to unfavorable conditions of high density and low food availability, these knockout daphnids produced males regardless of day length, like wild-type daphnids. Based on these findings, we propose that recognizing short days via the circadian clock is the initial step in sex determination. This recognition subsequently triggers male production by signaling the endocrine system, specifically via the JH signal. Establishment of a connection between these two processes may be the crucial element in evolution of ESD in Daphnia.

【本件に関する問合せ】
(研究内容について)
国立大学法人 宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター 准教授 宮川 一志
TEL:028-649-5189 FAX:028-649-8651 E-mail: h-miya@cc.utsunomiya-u.ac.jp

(報道対応)
国立大学法人 宇都宮大学 広報室(広報係)
TEL:028-649-5201 FAX:028-649-5026 E-mail: kkouhou@miya.jm.utsunomiya-u.ac.jp