−ミジンコにおける内分泌系を介した表現型可塑性に関する研究とその応用展開が高く評価−
【受賞研究の概要】

バイオサイエンス教育研究センターの宮川一志准教授が、第29回(2025年)日本生態学会宮地賞を受賞しました。受賞対象となったのは、「ミジンコでエコデボを実践する:表現型可塑性の分子機構の解明とその環境科学への応用」に関する研究です。本賞は1997年に設立され、日本の生態学の発展を目的として卓越した研究成果を挙げた研究者に授与される栄誉ある賞です。歴代受賞者には生態学の分野で革新的研究を行い最前線で活躍する研究者が名を連ねており、宮川准教授の今回の受賞はその系譜に新たな1ページを加えるものです。授賞式および受賞講演は、2025年3月15日−18日に札幌コンベンションセンター(北海道札幌市)で開催された第72回日本生態学会大会にて行われました。
生物は、環境の変化に応じて形態、行動、生理状態、遺伝子発現などを柔軟に変化させる「表現型可塑性」を示し、これは環境適応や進化の重要な要因とされています。2000年代より発展した生態進化発生学(Eco・Evo・Devo)では、表現型可塑性の制御機構を分子・遺伝子レベルで解明することが生物の進化過程の理解において重要であると同時に、個体発生に対する環境要因の作用メカニズムに関する知見が、発生異常を対象とする医学分野にも波及するとされています。しかし、生物が環境変化を感受し、最終的な表現型創出に至るまでの一連の分子機構を解明することは容易ではありません。特に、多くの研究対象が非モデル生物であるため、分子生物学的手法の不足が発生制御機構の解析を困難にしていました。

このような背景の中、宮川准教授は主に甲殻類のミジンコをモデルに、内分泌を介した表現型可塑性の発生制御機構を研究し、基礎研究の分野で顕著な業績を挙げてきました。さらに、人為的な環境変化(環境汚染)によって引き起こされる内分泌系の異常が表現型可塑性に及ぼす影響を明らかにすると同時に、内分泌撹乱物質の作用機構の解明や、毒性の検出システムの開発など、環境科学・毒性学の分野にも研究を発展させてきました。近年では、マイクロプラスチックの分解産物がミジンコの発生や環境応答に与える影響を研究し、環境研究総合推進費の代表を務めるなど、環境科学へのさらなる貢献が期待されています。
今回の受賞講演では、ミジンコにおける代表的な表現型可塑性の一例である「環境依存型性決定」(仔虫の性が環境条件に応じて切り替わる現象)を中心に、最先端かつ多様な分子生物学的手法を用いた発生制御機構の解明について紹介しました。さらに、これらの知見を基に、内分泌撹乱物質のリスク評価法の開発につながる研究成果を示し、環境科学における分子発生生物学の重要性を強調しました。
昨年開催された第6回国連環境総会では、気候変動、生物多様性の損失、環境汚染という三大環境問題の統合的な解決を目指し、日本の提案により、これらの課題に同時に貢献する相乗効果(シナジー)のある政策やプロジェクトの推進を求める決議が採択されています。生物と環境の相互作用を分野横断的に探究するエコデボ的アプローチは、こうしたシナジーの創出に寄与すると考えられ、宮川准教授の研究は今後さらに重要性を増すでしょう。
【教員紹介】

宮川一志 准教授
節足動物において多様性創出の鍵となる幼若ホルモン研究の第一人者として国際的に認知され各種委員を務めるほか、2023年には昆虫研究が盛んなチェコの競争的研究費(GACR)の審査員を務めた。表現型可塑性の代表的な現象の一つであるミジンコの防御形態形成に関する研究は、世界中で使用されている発生生物学の教科書『第10版ギルバート発生生物学』に図付きで大きく取り上げられるなど、高く評価されている。2024年にはNHK「サイエンスZERO」に出演。
【お問合せ】
宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター事務 028-649-5527