スギヒラタケのゲノム解析により毒性物質の生合成メカニズムの一端を解明

投稿者: | 2026年1月7日

-急性脳症の原因解明に向けた基盤的ゲノムデータを確立-

■研究概要
スギヒラタケ(Pleurocybella porrigens)は、古くから食用とされてきたキノコ(図1)ですが、2004年に日本で急性脳症を引き起こす食中毒事故が発生し、社会的に大きな注目を集めました。宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター鈴木智大准教授らの研究グループは、このキノコの毒性の仕組みを分子レベルで解明することを目的に、マウスを用いた投与実験、トランスクリプトーム解析、ゲノム解析など、多角的な手法を組み合わせた研究を進めてきました。本研究では、最新のDNA解析技術を用いてスギヒラタケのゲノム情報を解読し、生命情報学的手法による各遺伝子の機能注釈を行いました。その結果、キノコの食用部分である子実体と、地中などで成長する菌糸体では、遺伝子発現の様式が大きく異なることを明らかにしました。また、急性脳症との関連が指摘されている毒性物質「プレウロサイベルアジリジン注1)」の生合成に関与する可能性のある候補遺伝子を推定することにも成功しました。本研究は、スギヒラタケによる食中毒の原因解明に向けた重要な基礎的知見を提供するものであり、将来的な食の安全確保や毒性評価研究への貢献が期待されます。本成果は、2025年12月12日付けで国際学術誌AMB Expressに掲載されました。

■研究背景
自然界には、わずかな摂取でも重篤な症状を引き起こす有毒キノコが数多く存在します。スギヒラタケは、北半球の温帯地域に広く分布するキノコで、古くから食用として親しまれてきました。しかし2004年、日本国内でスギヒラタケの摂取に関連する食中毒が59例報告され、そのうち17人が急性脳症により死亡するという重大な事故が発生しました。

この食中毒では、四肢の脱力やふらつきといった初期症状に始まり、数日後にはけいれんや意識障害が現れ、最終的には脳浮腫により死亡に至る例が報告されています。厚生労働省は原因究明のための調査研究班を設置しましたが、明確な原因物質や発症メカニズムを特定するには至らず、2006年に調査は終了しました。その後も、ビタミンD類似物質、脂肪酸、糖類、シアン化水素など、さまざまな成分が原因候補として提唱されてきましたが、決定的な結論には至っていません。

本研究グループはこれまでに、スギヒラタケに含まれる毒性タンパク質やレクチン注2)が相互作用により複合体を形成し血液脳関門を破壊した後、アジリジン環注3)構造を持つ低分子化合物である「プレウロサイベルアジリジン」が脳内に流入することで、急性脳症を引き起こす可能性が示唆されています。一方で、プレウロサイベルアジリジンの生合成に関与する遺伝子や、その発達段階に応じた発現制御機構、さらには生合成経路の全体像については、これまで明らかになっていませんでした。毒性発現の分子メカニズムを理解するためには、原因物質そのものに加え、それを生み出す遺伝的背景や遺伝子制御の実態を明らかにする必要があります。そこで本研究では、最新の長鎖DNA解析技術注4)を用いて高品質なゲノム配列を取得し、遺伝子の機能や発現の違いを網羅的に解析することで、スギヒラタケの毒性発現に関わる分子メカニズムの解明を目指しました。

■研究成果
はじめに、スギヒラタケにおける毒性関連物質の生合成および遺伝子発現制御を解析するための基盤データを構築するため、高品質なゲノム配列を取得しました。Pacific Biosciences社の長鎖DNA解析装置(PacBio Revio)を用いた解析により、全体で約5,400万塩基対からなる高精度なゲノム配列を決定し、高い完成度のゲノムデータを得ました。

次に、解読したゲノムに含まれる遺伝子の機能を網羅的に解析しました。既知の遺伝子データベースとの比較(BLAST検索)、遺伝子の機能分類(GO解析)、代謝経路の推定(KEGG解析)、糖質分解などに関わる酵素群(CAZyme)の同定を行った結果、スギヒラタケには木材成分の分解に関与する酵素遺伝子が多数存在することが分かり、スギやマツなどの針葉樹の倒木や切り株などで生育する本種の生態と整合的な遺伝子特徴が示されました。

さらに、毒性物質や関連代謝がスギヒラタケのどの発育段階で主に生じているのかを検討するため、食用部位である子実体と地中などで成長する菌糸体における遺伝子発現の違いを解析しました。RNA-seq解析の結果、子実体で発現上昇する遺伝子が1,427個、菌糸体で発現上昇する遺伝子が1,436個同定され、両者でその遺伝子発現が大きく異なることが明らかになりました。この発現差については、定量PCR(qRT-PCR)による検証でも大部分が一致し、解析結果の信頼性が確認されました。

こうした結果を踏まえ、急性脳症との関連が指摘されている毒性物質「プレウロサイベルアジリジン」の生合成に関与する遺伝子を特定するため、関連遺伝子の探索を行いました。既知のカビ(ペニシリウム属)で報告されている本化合物の生合成酵素遺伝子TqaLはスギヒラタケのゲノム中には存在しませんでしたが、詳細な相同性解析により、同様の働きを持つ可能性のある酵素遺伝子候補(Fe/αKG酸素添加酵素)を見いだしました。さらに最新のタンパク質立体構造予測(AlphaFold3)により、この候補タンパク質の活性部位が既知酵素と類似した構造を持つことが示され、「プレウロサイベルアジリジン」の生合成に関与する可能性が示唆されました。

■今後の展望
本研究により、スギヒラタケの高品質ゲノム配列と、子実体および菌糸体における遺伝子発現データという二つの基盤情報が整備されました。これらのデータはスギヒラタケの生理機能や二次代謝の理解を進める基盤となり、2004年に社会問題となった急性脳症の原因解明に向けた重要な分子レベルの知見を提供します。本研究では、急性脳症の主要な原因物質の一つと考えられる「プレウロサイベルアジリジン」の生合成に関与する可能性がある酵素遺伝子候補を見いだしましたが、その機能は現時点では示唆段階にとどまっています。また、プレウロサイベルアジリジンがどの発育段階で合成されているのかは未特定であり、解決すべき課題として残っています。今後は、候補遺伝子の異種発現や遺伝子破壊・機能阻害により、「プレウロサイベルアジリジン」の生合成との因果関係を実験的に検証します。これらの研究により、スギヒラタケの毒性発現メカニズムの理解を深め、将来的には食中毒リスクの評価手法の確立や、関連化合物の生合成研究の発展につながることが期待されます。

■研究支援
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(課題番号:19K05808)、公益財団法人発酵研究所研究助成(課題番号:LA-2022-029)、内藤記念科学奨励金・研究助成の支援を受けて実施されました。

■用語解説
注1)スギヒラタケ(Pleurocybella porrigens)に含まれる低分子化合物の一つで、急性脳症との関与が強く疑われている毒性物質。
注2)細胞の表面にある糖鎖(細胞の名札のような構造)を見分けて結合するタンパク質。
注3)炭素2個と窒素1個からなる、小さな三角形の環状構造(3員環)をもつ化学構造。
注4)DNAを「非常に長い断片」のまま読み取ることができる最新の遺伝子解析技術。

■筆頭著者より一言
渡邊 望 (博士後期3年)
本成果は、地域創生科学研究科における研究活動の成果として得られたものです。製薬会社に勤務しながら社会人博士として研究に取り組むことを支えてくださった大学、指導教員の先生方、そして日々議論を重ねてくれた研究室の学生の皆さんに心より感謝しています。また、本研究を継続する上では家族の支えが不可欠でした。長男は大学に来ることが好きで、週末に一緒に研究室に足を運ぶ時間が、私自身にとって大きな励みとなりました。今後も、本研究で得られたゲノム情報を基盤として、スギヒラタケの毒性発現メカニズムの解明に向けた研究をさらに発展させていきたいと考えています。

論文情報
論文名:A high-quality genome assembly of angel-wing mushroom Pleurocybella porrigens that causes acute encephalopathy (急性脳症を引き起こすスギヒラタケ Pleurocybella porrigens の高品質ゲノム解析)
著者:Nozomu Watanabe, Keisuke Mitsukuni, Koki Sekimata, Misuzu Kimura, Shoko Takada, Jili Zhang, Takumi Sato, Akiko Ono & Tomohiro Suzuki
掲載誌:AMB Express
URL:https://link.springer.com/article/10.1186/s13568-025-01995-2

英文概要
In 2004, 59 cases of food poisoning linked to the consumption of the mushroom Pleurocybella porrigens were reported in Japan, resulting in 17 fatalities due to acute encephalopathy. In 2023, we found three components of this mushroom—a lectin (PPL), pleurocybelline (PC), and pleurocybellaziridine (PA)—which are collectively implicated in its toxicity in mice. Although we reported the genomic data for P. porrigens in 2013, detailed annotation was not provided at that time. In addition, the biosynthetic pathway of PA, the compound responsible for acute encephalopathy, has not previously been reported in any Basidiomycetes species, including P. porrigens. In this study, we obtained the genome sequence of P. porrigens using the PacBio Revio System. De novo assembly with hifiasm resulted in a higher N50 value compared to previous assemblies, and gene annotation was conducted through BLAST search, GO analysis, KEGG pathway analysis, and carbohydrate-active enzyme identification. In addition, differential gene expression analysis revealed a significant up-regulation of 1427 genes in the fruiting bodies and 1436 genes in the mycelia. Although the gene encoding TqaL, a PA biosynthetic enzyme reported in the genus Penicillium, was not found in P. porrigens, a detailed examination of the BLASTx search identified genes with Fe/αKG oxygenase activity similar to TqaL. Three-dimensional structural modeling using AlphaFold3 revealed that the active site cavities of TqaL and the identified protein were in close proximity. Furthermore, the validity of the differential gene expression analysis between the fruiting bodies and the mycelia was confirmed by quantitative reverse-transcription PCR.

本件に関する問合せ
(研究内容について)
国立大学法人 宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター 准教授 鈴木智大
TEL:028-649-5527 FAX:028-649-8651 E-mail: suzukit※cc.utsunomiya-u.ac.jp

(報道対応)
国立大学法人 宇都宮大学広報・渉外係
TEL:028-649-5201 FAX:028-649-5026 E-mail: kkouhou※a.utsunomiya-u.ac.jp
(※を半角@に変更してください。)