植物細胞が過酷な光環境に即時応答するしくみの一端を解明!

投稿者: | 2024年12月17日

光環境の変化に応じて“個”から“集団”の対応に切り換わる光受容タンパク質

▪️本研究のポイント

  • 植物は、光合成を行う葉緑体を細胞内で移動させることで、光を効率よく集めると同時に、強光によるダメージから守ります。
  • この葉緑体の移動は、青色光や温度変化を感知するタンパク質「フォトトロピン」によって制御されています。
  • 通常の光環境では、各フォトトロピンが独立して自己リン酸化(自身にリン酸基を付加する反応)を行いますが、強光などの過酷な環境では、フォトトロピン同士が協調して互いにリン酸化し合うことを発見しました(図1)。
  • フォトトロピンのリン酸化様式の切り換えは、植物が光環境の変化を感知し、迅速に応答するための重要な仕組みであることが示唆されました。

▪️研究概要

 宇都宮大学大学院地域創生科学研究科博士後期課程3年の野口穂さんとバイオサイエンス教育研究センターの児玉豊教授らの研究グループは、名古屋大学大学院理学研究科の松林嘉克教授および野田沙希技術補佐員と共同で、植物の青色光受容体(注1)フォトトロピン(phot)が光と温度に応じて2つの自己リン酸化(注2)様式を切り換え、植物にとって過酷な環境に対して迅速に応答する仕組みを解明しました。本成果は2024年12月3日付で英国科学誌The Plant Journalに掲載されました。

▪️研究背景

 大地に根を張り移動しない植物は常に周囲の環境変化にさらされています。このような状況で光合成効率を最適化するため、植物細胞は光強度や温度に応じて葉緑体の配置を変化させます(葉緑体定位運動)。常温弱光下では葉緑体を光照射面に集める「集合反応」を、低温や強光下では光阻害(注3)を避けるために葉緑体を逃す「寒冷逃避反応」や「強光逃避反応」を誘導します(図2)。葉緑体定位運動は、光や温度のセンサーとして働くキナーゼタンパク質フォトトロピン(phot)によって制御されます。photは青色光を受けると自己リン酸化し、そのレベルは低温や強光で上昇します(図3)。リン酸化は環境変化に対する即時応答機構として、遺伝子発現を介する応答よりも迅速に反応し、植物の適応に重要です。しかし、photの自己リン酸化の制御機構は十分に解明されていません。今回、野口さんと児玉教授らは、モデル植物ゼニゴケを用いて、photの自己リン酸化レベルの制御機構とその役割を解明しました。

▪️研究成果

 はじめに、ゼニゴケのphotのリン酸化サイトを網羅的に調査し、23ヶ所のセリンおよびスレオニンをリン酸化サイトとして同定しました。環境依存的なリン酸化サイトの変動を解析したところ、過酷な環境で誘導される自己リン酸化レベルの上昇には複数のリン酸化サイトが関与することが示唆されました。
 これらのリン酸化サイトの制御機構を解明するため、2つの自己リン酸化様式について解析しました。過去の研究で、photは単量体と二量体として存在することが述べられています。本研究では、photが1分子内で完結する「シス自己リン酸化」と、分子間相互作用を介する「トランス自己リン酸化」の2つの自己リン酸化様式を持ち、それぞれが自己リン酸化レベル(図3)に影響を与えるという仮説を立てました(図4A)。この仮説を検証するため、リン酸化活性を欠損させた変異型photを野生株に形質転換(注4)しました。その結果、変異型photは内在性photによるトランス自己リン酸化が生じた場合にのみリン酸化が確認されました(図4B)。これにより、ゼニゴケのphotが2つの自己リン酸化様式を持つことが示されました。

 また、変異型photの詳細な解析により、常温弱光下ではシス自己リン酸化のみが誘導される一方、強光下や低温下ではシス自己リン酸化とトランス自己リン酸化の両方が誘導されることが明らかになりました。この結果は、低温や強光環境下でのphotの自己リン酸化レベルの上昇が、自己リン酸化様式の切り換えによるものであることを示す証拠となりました。

 さらに、本研究で作製した変異体では、内在性photのトランス自己リン酸化が変異型photによって阻害され、その結果、寒冷逃避反応および強光逃避反応の誘導が抑制されることが明らかになりました。このことから、寒冷逃避反応および強光逃避反応の誘導には、photのトランス自己リン酸化が不可欠であると考えられます。

 以上の結果から、植物にとって過酷な低温や強光の環境下では、photが自己リン酸化様式を切り換え、周囲のphotと相互に自己リン酸化を行うことでリン酸化レベルを上昇させ、逃避反応を迅速に誘導することが示唆されました。

▪️今後の課題

 地球規模の気候変動が危惧される中で、私たちの命を支える植物の環境感知機構を理解することは、持続可能な社会の実現につながります。photを介した環境応答反応は陸上植物に広く保存されており、本研究の成果は植物の環境感知機構に関する理解を深める上でも重要な知見になるでしょう。しかし、photの自己リン酸化様式の切り換えに関わる分子機構は不明であり、その解明は今後の課題です。

▪️研究エピソード

野口 穂 (のぐちみのる) 博士後期課程3年(令和6年12月現在)
高校生物にも登場するフォトトロピンですが、意外にも未解明な点が多く残されています。フォトトロピンが低温を感知することは、2017年に児玉教授らが発見しました。今回、先人たちの研究成果をさらに発展させる発見ができたことを大変光栄に思います。一見“動かない”植物ですが、その細胞内では“動き”を伴うダイナミックな環境応答が繰り広げられており、今後も植物の“動き”を制御するメカニズムを解明していきたいと考えています。

▪️研究支援

本研究は、MEXT科研費(20H05905、20H05910)並びにJSPS科研費(24KJ0517)の支援により実施されました。

▪️用語説明

(注1)青色光受容体:青色光受容体は青色光(太陽光や蛍光灯の光などに含まれ、波長が450 nm前後)を受け取るタンパク質。植物はphotを含む複数の青色光受容体によって光の波長(色)、強さ、方向などを感知する。
(注2)リン酸化:タンパク質を構成するアミノ酸の中で、セリン、スレオニン、チロシンを標的とした可逆的な翻訳後修飾の一つ。リン酸化は多くのタンパク質の機能を調節することが知られている。タンパク質をリン酸化する酵素のことをキナーゼタンパク質と呼び、キナーゼタンパク質が自分自身をリン酸化する現象を自己リン酸化と呼ぶ。
(注3)光阻害:強すぎる光によって光合成の機能が低下する現象。低温では光合成効率が低下することが原因で、常温では光阻害が起きない弱い光でも光阻害が生じる。
(注4)形質転換:外来DNAを人工的に導入すること。遺伝子組換え技術の一つ。

▪️論文情報

論文名:Phototropin switches between cis– and trans-autophosphorylation in light-induced chloroplast relocation in Marchantia polymorpha
(ゼニゴケのフォトトロピンは葉緑体定位運動を制御するためにシス自己リン酸化とトランス自己リン酸化を切り換える)
著者:Minoru Noguchi, Saki Noda, Yoshikatsu Matsubayashi, and Yutaka Kodama*
掲載誌:The Plant Journal
URL:http://doi.org/10.1111/tpj.17183

▪️英文概要

In the accumulation response, chloroplasts move toward weak blue light (BL) to maximize photosynthetic efficiency; in the avoidance response, they move away from strong BL to reduce photodamage. The BL receptor kinase phototropin (phot) mediates these chloroplast relocation responses, and the chloroplast relocation response requires phot kinase activity. Upon receiving BL, phot undergoes autophosphorylation; however, the molecular mechanisms that regulate chloroplast relocation through phot autophosphorylation remain unclear. In this study, we conducted biochemical experiments using phot in the liverwort Marchantia polymorpha and revealed that phot employs cis-autophosphorylation under weak BL and both cis- and trans-autophosphorylation under strong BL. Inhibiting trans-autophosphorylation reduced phot autophosphorylation and suppressed the avoidance response, but not the accumulation response. These findings suggest that phot employs two modes of autophosphorylation to alternate between the accumulation and avoidance responses in plants.

▪️本件に関するお問合せ

研究内容について
国立大学法人 宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター 教授 児玉 豊
TEL:028-649-5527 FAX:028-649-8651 E-mail: kodama@cc.utsunomiya-u.ac.jp

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 大学院理学研究科 教授 松林 嘉克
TEL: 052-788-6176 E-mail: matsu@bio.nagoya-u.ac.jp

報道対応
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