【発表のポイント】
- 樹形の変異に富んだ白樺Betula pendulaを利用し、低木に特徴的な表現型を決める要因に植物ホルモンのストリゴラクトンの関与が示されました。
- 樹高が低く枝分かれが多い低木状の特徴をもつ白樺の変種kanttarelliではストリゴラクトン生合成遺伝子BpMAX1に欠損が確認され、同様の表現型は野生型におけるBpMAX1の機能阻害でも誘導されました。
- ストリゴラクトンは樹高や枝分かれ構造に影響するだけでなく、他の植物ホルモンであるオーキシンの分布にも影響を与えることが示されました。
地球上の樹木は多様な構造や形態を獲得した結果、様々な環境に適応していることがわかっています。私たちの生活においても樹木の研究は、木材生産や果樹・農作物の管理、生態系の保全などにも関わる重要なテーマです。しかし、寿命の長い樹木を対象とした研究には長期間の観察を必要とするため、樹形に関わる機構については不明な点が多いのが現状です。例えば高木では主枝と側枝の順序が明確に定義されている一方、低木ではこれらの分岐パターンは不明です。このような背景の中、フィンランドに自生する白樺Betula pendulaにおいて、植物ホルモンのストリゴラクトンが低木に特徴的な枝分かれ構造や生長に関与することが示されました。本研究は、宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターの謝肖男准教授をはじめ、フィンランド、イギリス、ドイツ、ベルギー、ブルガリア、フランス、アメリカ、シンガポール、中国、チェコ、スウェーデン、ポーランドの18研究機関の研究者らによる7年にわたる共同研究にて実施され、11月20日付けて国際学術誌 Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)に掲載されました。
白樺B. pendulaには低木状の表現型から高木まで多様な樹形が見られます。本研究では、野生型よりも樹高が低く二次枝数が多いB. pendulaの変種kanttarelliにおいて、枝分かれ抑制に寄与するストリゴラクトン生合成遺伝子BpMAX1に欠損があること、およびストリゴラクトン生合成量が低いことを確認しました。次にRNAiを用いて野生型のBpMAX1の機能を阻害した結果、低木状の変種kanttarelliと同様の樹形やストリゴラクトン生合成量の低下が確認されました(図1)。さらに、枝分かれ調節への関与で知られている植物ホルモンのオーキシンの分布を調べた結果、野生型では茎頂から基部に向かって濃度が減少するのに対し、kanttarelliや、BpMAX1を機能阻害した個体では野生型のような濃度勾配は見られないことがわかりました。
本解析結果に基づいて樹形をモデリングした結果、野生型、kanttarelli、およびBpMAX1の機能阻害で生じる個体の間で見られるオーキシン分布パターンの違いは、樹高と二次枝数の違いだけで再現でき、オーキシンの合成や輸送、または減衰といった他の因子は寄与しない可能性が示されました(図2)。したがって白樺B. pendulaでは、ストリゴラクトンが低木状の表現型やオーキシンの分布に寄与している可能性が示されました。
植物ホルモンが樹形、特に低木状の表現型の出現に影響することを示した本研究成果は、樹木の形成に関わる分子・発生・遺伝学的要因の解明に寄与するだけでなく、将来、私たちの目的に沿った樹形を持つ樹木の育種への応用など、様々な可能性を秘めています。
研究エピソード 白樺B. pendulaを用いた本研究の分析は、本来ならばヘルシンキで行う予定でした。しかし、コロナ禍に入りそれが叶わず、フィンランドから日本に送ってもらったサンプルを用いて研究を進めていました。ところが、気候が合わないために植物が全滅してしまったのです。樹木は成長が遅いため、再度、ヘルシンキから日本にサンプルが届いたのはおおよそ一年後のことでした。それらのサンプルを分析して何とか形になったのが今回の研究成果です。
謝肖男 准教授 研究室ホームページはこちら。
▪️論文情報
タイトル Tree architecture: A strigolactone-deficient mutant reveals a connection between branching order and auxin gradient along the tree stem
掲載誌 Proceedings of the National Academy of Sciences
DOI https://doi.org/10.1073/pnas.2308587120
▪️英文概要
What makes a tree a tree, rather than a bush? Through a forward genetics approach, we identified a natural bush-like (short and highly branching) SL-deficient birch mutant, kanttarelli, with an early STOP codon in an essential SL biosynthesis gene, BpMAX1. The number of higher order branches was increased both in the mutant and phenocopying transgenic RNAi-lines. Intriguingly, in WT, the auxin concentration formed a gradient along the main stem, being higher in the uppermost internodes and decreasing towards the base, whereas in the transgenic line this gradient was missing. Mathematical modelling showed that the difference in auxin distribution may result from the different branching patterns and plant height. Our results have potential to support breeding programmes to optimize tree architecture.
▪️本件に関する問合せ
【研究内容について】
国立大学法人 宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター
准教授 謝肖男
TEL:028-649-5300 FAX:028-649-8651 E-mail: xie@cc.utsunomiya-u.ac.jp
【報道対応】
国立大学法人 宇都宮大学 広報室(広報係)
TEL:028-649-5201 FAX:028-649-5026 E-mail: kkouhou@miya.jm.utsunomiya-u.ac.jp