植物の細胞が低温を感じる部位(細胞小器官)を特定~動物細胞との共通性も~

投稿者: | 2022年4月5日

【発表のポイント】
・低温センサー分子(フォトトロピン)が細胞内のどの部分で働くのかを調査した
・フォトトロピンが細胞膜に保持されると植物細胞による低温感知が可能となった
・センサー分子が細胞膜に保持されると温度を感じることは植物と動物で共通する

■研究概要
宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターの児玉豊教授の研究グループは、山口大学大学院創成科学研究科の武宮淳史准教授の研究グループと共同で、植物の細胞が低温を感じる部位(細胞小器官注1)を特定しました。動物の細胞では、TRPタンパク質注2と呼ばれるセンサー分子が細胞膜注3で保持されて温度を感じています(2021年ノーベル生理学医学賞)。しかし植物はTRPタンパク質を持っていないため、植物がどのように温度を感じるのかは、長年の間、解明することができませんでした。児玉教授の研究グループは、2017年に植物で初めてとなる低温域の温度センサータンパク質(フォトトロピン注4)を発見後、フォトトロピンが細胞内のどこで低温を感じるのかを調べてきました。今回、様々な解析の結果、動物のTRPタンパク質と同様に、フォトトロピンが細胞膜に保持されると植物細胞による低温感知が可能になることを発見しました。TRPタンパク質とフォトトロピンは、細胞膜への保持メカニズムは異なりますが、動物細胞と植物細胞が共通の細胞小器官(細胞膜)で温度を感じているということがわかりました。

本研究成果は、3月31日、学術誌「PNAS Nexus」オンライン版で公開されました。

■研究の背景
ヒトを含む動物の細胞では、TRPタンパク質と呼ばれるセンサー分子が細胞膜で保持されて温度を感じています。TRPタンパク質の発見者に2021年ノーベル生理学医学賞が授与されたことは、まだ記憶に新しいところです。一方、植物では、細胞が温度を感じることは古くから知られていましたが、そのセンサー分子の実体は、つい最近まで謎のままでした。2016年に高温域の温度センサーが発見され、2017年には、宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターの児玉教授の研究グループが、フォトトロピンというタンパク質が低温域の温度センサーとして働くことを初めて明らかにしました。その後、児玉教授の研究グループは「植物は細胞のどこで低温を感じるのか?」という生物学における基本的な疑問に答えるため、フォトトロピンが低温を感じる部位(細胞小器官)を特定する研究を続けてきました。しかしフォトトロピンは、細胞膜や細胞質など、複数の細胞小器官に保持されていることが知られており、どの細胞小器官に保持されているフォトトロピンが細胞の低温感知に貢献しているのかは不明のままでした。

■研究方法
児玉教授の研究グループは、フォトトロピンを人工的に改変し、フォトトロピンが複数の細胞小器官ではなく、特定の細胞小器官だけに保持される技術を確立しました。その後、人工改変したフォトトロピンを植物細胞内で作らせて、細胞が低温を感じられるかどうかを調べました。フォトトロピンを利用して細胞が低温を感じると、細胞内では葉緑体の配置が変化することが知られているため、その変化を目印にして実験を行いました。この研究過程では、山口大学の武宮准教授の研究グループと共同で、実験に用いた植物の生化学的な評価も行いました。

■研究成果
まず、蛍光タンパク質を用いたイメージング実験注5によって、人工改変したフォトトロピンが特定の細胞小器官だけに確実に保持されていることを確認しました。その後、それらの細胞が低温を感じることができるかを調べました。フォトトロピンが、細胞質のみに保持された場合には細胞は低温を感知できず、細胞膜のみに保持された場合に細胞は低温を感じることが可能となりました。

■今後の展望(研究のインパクトや波及効果など)
今回の研究では、フォトトロピンが細胞膜に保持されると植物細胞による低温感知が可能になることがわかりました。今後は、細胞膜に保持されるフォトトロピンを解析することで、植物の低温感知に関するさらなる発見だけでなく、低温感知を強くしたり弱くしたり、と環境変動に対抗できる植物の開発に繋がる可能性もあります。
またこれまで植物では、フォトトロピンを含む4種類の温度センサー分子が発見されていますが、細胞膜に保持されて温度を感じるのはフォトトロピンだけです。TRPタンパク質とフォトトロピンは、細胞膜への保持メカニズムは異なりますが、動物細胞と植物細胞は、共通の細胞小器官(細胞膜)で温度を感じており、植物と動物との共通性も見えてきたことも興味深いと思われます。

■論文情報
論文名:The localization of phototropin to the plasma membrane defines a cold-sensing compartment in Marchantia polymorpha
雑誌名:PNAS Nexus
著者:Satoyuki Hirano, Kotoko Sasaki, Yasuhide Osaki, Kyoka Tahara, Hitomi Takahashi, Atsushi Takemiya and Yutaka Kodama
URL:https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgac030

著者(氏名)印は同等の貢献
平野 慧潔(宇都宮大学農学部4年)
佐々木 琴子([当時]宇都宮大学大学院地域創生科学研究科)
大崎 益秀([当時]宇都宮大学大学院農学研究科)
田原 京佳(山口大学大学院創成科学研究科1年)
高橋 ひとみ(宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター・実験補助員)
武宮 淳史(山口大学大学院創成科学研究科・准教授)
児玉 豊(宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター・教授)

■用語説明
注1細胞小器官:細胞が持つ区画のことであり、例えば植物細胞では、核、ミトコンドリア、葉緑体、細胞膜、細胞質などを指す。オルガネラとも呼ばれる。

注2TRPタンパク質:ヒトや昆虫などの動物、酵母やカビなどの微生物が持つ共通のタンパク質で、多くは細胞膜に保持されており、温度感知を担っている。最初の発見者であるデビッド・ジュリアス教授(米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校)に2021年のノーベル生理学医学賞が授与された。

注3細胞膜:細胞小器官のうち、細胞を包んでいる最外層の膜を指す。

注4フォトトロピン:植物において青色光を受容するタンパク質として知られている。2017年には、児玉教授らの研究によって温度を認識する機能を持つことが明らかになった。【2017年プレスリリース:https://www.utsunomiya-u.ac.jp/topics/005465.php】

注5蛍光タンパク質を用いたイメージング実験:蛍光性のタンパク質を用いて特定のタンパク質を標識し、顕微鏡等で可視化する実験である。今回の論文では、人工改変したフォトトロピンを黄色蛍光タンパク質で標識し、目的の細胞小器官だけに確実に保持されていることを確認した。