作物のストレス応答を制御する分⼦の開発に成功-温暖化による作物生産性低下の緩和-

投稿者: | 2021年9月21日

宇都宮⼤学バイオサイエンス教育研究センターの岡本昌憲准教授はカリフォルニア⼤学リバーサイド校のカトラー教授らが率いる国際プロジェクトに参画し、作物のストレス応答を制御する化合物の開発に成功しました。開発した化合物を投与することで、乾燥などの環境ストレスによる作物⽣産性低下の緩和や、⾼温下における種⼦発芽不良を改善できることが期待されます。

本研究は、⽶国科学アカデミー紀要『PNAS』オンライン版に令和3 年 9 ⽉ 17 ⽇に公開されました。


研究背景
植物ホルモン(補⾜説明1)として知られるアブシシン酸(ABA)は、植物⾃⾝が⽣産し、乾燥ストレス時には気孔を閉鎖して葉からの⽔の過剰蒸散を抑制し、ストレス耐性を誘導する重要なシグナル物質として知られています。しかし、ABA には良い⾯ばかりではなく、適切な量を超えた過剰なABA は農業における様々な負の問題をもたらします。例えば、乾燥や低温などのストレスによって蓄積される過剰なABA が花粉の形成を阻害し、コムギやイネなど穀物の収量低下をもたらすことが広く知られています。また、⼟壌温度が⾼いとABA の働きにより種⼦休眠が促進され、種⼦を播いても発芽しないという現象が⾒られます。このようなABA の負の作⽤を解決する技術が世界で必要とされています。遺伝⼦組換え技術やゲノム編集を⽤いてこれらの問題を解決する試みも世界的に広く研究されていますが、実⽤品種では様々な理由から作製が困難なものも多数存在することや、市場に新しい品種がリリースされるまでには、それ相当の時間を要します。そこで共同研究グループは、様々な植物に対してABA の作⽤を抑制できる化合物開発を⾏ってきました。


研究⼿法と成果
これまで静岡⼤学の轟泰司教授らとともに、ABA の⼀部を修飾した AS6 や PANMe という化合物を創出してきました(図 1)。これらの化合物は ABA 受容体に結合して、本来の ABA が受容体に結合できなくなるようにして、ABA の作⽤を抑制する ABA アンタゴニスト(補⾜説明 2)として機能しました。しかし、これらの化合物の化学構造はもとの ABA を基本としているために、ABA の不安定な性質も同時に保持しているために、投与後の効果が限定的でありました。そこで、ABA の化学構造とは異なる⼈⼯化合物で、強⼒に ABA の作⽤を打ち消す⼈⼯化合物の開発に取り組みました。⽅法として、これまで報告してきた最も強⼒であった ABA アンタゴニストのPANMe にヒントを得て(図 1)、強⼒に ABA 受容体に結合して ABA 応答を引き起こす⼈⼯化合物のアゴニストであるオパバクチン(図 1 および補⾜説明 3)に、ABA のカルボニル酸素の位置に相当する部分に様々な修飾を施した化合物を合成し、アンタゴニスト活性を評価しました。その結果、これまでの ABA アンタゴニストよりも強⼒に ABA 受容体に結合し、ABA の作⽤を効果的に打ち消す事ができる化合物を⾒出し、アンタバクチンと名付けました(補⾜図 1 および図 2)。
 また、本研究ではこれまで発表されてきた ABA アンタゴニスト類の活性の⽐較も⾏いました。AA1 という⼈⼯化合物の ABA アンタゴニストは他の研究グループによって報告されていましたが、AA1 は受容体には結合せず、今回開発したアンタバクチンに⽐べて ABA に対するアンタゴニスト活性が⾮常に微弱であり、効果が認められないことが確認できました(図 1 および図 2)。


今後の期待
植物ホルモンは農業で広く利⽤されています。オーキシン、エチレン、ジベレリン、サリチル酸
などに⽐べると、ABA は農業市場での利⽤が進んでいません。今回開発した分⼦のアンタバクチ
ンはABA の負の側⾯の問題を解決する新しい農薬として利⽤できる可能性があり、温暖化による
種⼦発芽低下や受粉効率低下の緩和により作物⽣産性を改善できる可能性が期待されます。


論⽂情報
掲載誌:⽶国科学アカデミー紀要『PNAS』
題名︓ Click-to-lead design of a picomolar ABA receptor antagonist with potent activity in vivo
著者: Aditya S. Vaidya, Francis C. Peterson, James Eckhardt, Zenan Xing, Sang-Youl Park, Wim Dejonghe, Jun Takeuchi, Oded Pri-Tal, Julianna Faria, Dezi Elzinga, Brian F. Volkman, Yasushi Todoroki, Assaf Mosquna, Masanori Okamoto, and Sean R. Cutler
DOI: 10.1073/pnas.2108281118

カリフォルニア⼤学リバーサイド校のプレスリリース
https://news.ucr.edu/articles/2021/09/17/chemical-discovery-gets-reluctant-seeds-sprout


謝辞
本成果は、⽇本学術振興会(JSPS) 科研費若⼿研究(A)、SATREPS (JST/JICA)、⿃取⼤学乾燥地研究センター共同利⽤・共同研究の⽀援を受けて⾏われました。


問い合わせ先
<研究に関すること>
宇都宮⼤学バイオサイエンス教育研究センター
岡本 昌憲 (オカモト マサノリ)
Tel:028-649-5555 E-mail: okamo@cc.utsunomiya-u.ac.jp
研究室HP: http://c-bio.mine.utsunomiya-u.ac.jp/okamoto/
<本件に関する問合せ先>
宇都宮⼤学 バイオサイエンス教育研究センター
増⼭ 芳⾹ (マスヤマ ヨシカ)
TEL︓028-649-5527 FAX︓028-649-8651 Email︓c-bio@cc.utsunomiya-u.ac.jp


補⾜図


図1. アブシシン酸(ABA)の効果を抑えるアンタバクチンの開発過程。
ABA の効果を抑制するアンタゴニストとしてAS6 やPANMe が静岡⼤学の轟教授らによって創出され、AS6 よりもPANMe がABA の効果を抑える作⽤があった。⼀⽅で、ABA よりもABA 活性の強い⼈⼯化合物のアゴニストであるオパバクチン(OP)を報告してきた。PANMe にヒントを得て、OP にABA のカルボニル酸素の位置に相当する部分(⾚⽂字)に様々な修飾を施した化合物を4000 種類合成し、収率の良かった約200 についてABA のアンタゴニスト活性を評価した。
その中で、これまでのABA アンタゴニストよりも強⼒にABA 受容体に結合してABA の作⽤を効果的に打ち消す事ができる化合物を⾒出し、アンタバクチン(ANT)と名付けた。AA1 は⼈⼯化合物のABA アンタゴニストとして報告されてきたが、ABA の抑制効果はほとんど⾒られなかった(下図2 参照)。


図2.アンタバクチンのABA 抑制効果。
植物のABA 応答が起きると⻘く⾒えるトランスジェニック植物を使って、アンタバクチンの効果を評価した。アンタバクチン(ANT)は以前のABA アンタゴニストのPANMe よりも強⼒にABA応答を抑制した。⼀⽅、他の研究グループによって報告されていたAA1 には、ABA 応答を抑制する効果は認められなかった。


補⾜説明
補⾜説明1. 植物⾃⾝が⽣体内で作り出す、微量で植物の様々な⽣理応答を誘導する⽣理活性物質。アブシシン酸(ABA)のほかに,オーキシン、ジベレリン、エチレン、サイトカイニン、ブラシノステロイド、ジャスモン酸など様々なものが存在する。ABA は、乾燥や低温、塩などの環境ストレスから植物を守る役⽬や種⼦の休眠性を維持するホルモンとして知られている。

補⾜説明2. 本来のリガンド(本研究ではABA を意味する)と化学構造が異なるが受容体に結合して、シグナルを伝えることのできる分⼦をアゴニストと呼ぶ。⼀⽅、アンタゴニストは、本来のリガンド結合を阻害して、シグナル伝達をブロックする分⼦を意味する。

補⾜説明3. 現在、最も強⼒にABA 応答を引き起こすことのできる⼈⼯化合物のABA アゴニスト。 2019 年10 ⽉25 ⽇にプレスリリース。
http://c-bio.mine.utsunomiya-u.ac.jp/okamoto/wp-content/uploads/sites/11/2019/11/75ae5d4ee3a581277368be3943bfc9dc.pdf