ゲノム編集技術を用いてアリの性決定に関わる遺伝子の働きを解明

投稿者: | 2023年4月7日

私たち人間のように雌雄のある生物には、繁殖能力が低い中途半端な性(雌になりきれない雌や雄になりきれない雄)が数多く出現しないよう、よく制御された遺伝子ネットワークが存在します。宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターの宮川美里(みやかわみさと)博士(日本学術振興会特別研究員(RPD))と宮川一志(みやかわひとし)准教授は、アリ類で初めて雌になるのに必須な遺伝子transformerをウメマツアリで同定し、この遺伝子が性を決める遺伝子ネットワークのなかで、雄雌どちらに成長するのかを方向付ける役割を持つことを証明しました。本研究は、2023年4月5日付の英科学誌「Insect Biochemistry and Molecular Biology」に掲載されました。

ウメマツアリは2000年代初期に日本から米国に侵入したことが報告されています。彼らは遺伝的多様性が低く、いわゆる“血が濃い”集団を維持できるので、少数個体でも新天地に侵入できれば集団を拡大することが可能です。これまでの研究から、彼らが集団を弱体化させることなく生存できる要因として、性別を決める遺伝子を複数持つことがあげられています。しかし、性別を決める遺伝子がいくつもある場合、雌化をもたす遺伝子と雄化をもたらす遺伝子の働きが拮抗し、雌雄のどちらともつかないような次世代が生じかねません。今回、宮川研究員と宮川准教授は、transformer遺伝子が雌化をもたらす遺伝子からの指令を強めて、個体の発生や成長を雌に導くことを示しました。実験的にtransformer遺伝子を雄で働かせると細胞の状態が一時的に雌化し、またゲノム編集によってtransformer遺伝子の働きを阻害された雌は雄に性転換することが分かりました。本研究は国内で初めて、ゲノム編集技術による遺伝子操作をアリ類で成功した例となりました。

雌雄のある生物は最終的に二つの性を出現させるような進化を遂げていますが、性を決める要因は環境依存的なもの(温度や個体密度)から遺伝的なもの(性染色体上の遺伝子など)まで多様です。本研究結果は、「多様な性の決まり方の背景にどのような共通原理があるのか?」という生物学の大きな問題を解く一助になるでしょう。また、アリ類は世界中に分布し、ヒアリやアルゼンチンアリに代表されるように外来種としても影響が大きい生物です。ゲノム編集による性操作が可能になったことで、アリ類の性決定に関わる遺伝子ネットワークをターゲットとした防除や駆除法の確立に役立つことも期待されます。

【論文】
MO Miyakawa, H Miyakawa, “Transformer gene regulates feminization under two complementary sex determination loci in the ant, Vollenhovia emeryi”. Insect Biochemistry and Molecular Biology.2023. https://doi.org/10.1016/j.ibmb.2023.103938

<担当・問合せ先>
バイオサイエンス教育研究センター 宮川 一志 准教授
TEL:028-649-5527
E-mail:c-bio@cc.utsunomiya-u.ac.jp