プレスリリース*イチゴ遺伝子の機能解析法の開発 Thagun & Kodama 2025 Sci. Rep.

イチゴ遺伝子の機能解析法の開発  ― 野生イチゴを用いた迅速解析 ―

■研究概要
商業用栽培イチゴ(Fragaria × ananassa)の品質向上には、形・味・香りなどの形質を決定する遺伝子機能の理解が不可欠です。しかし、栽培イチゴ は8倍体という複雑なゲノム構造を持つため、遺伝子機能の解析が困難とされてきました。そこで宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターのタグン・チョンプラクン特任助教と児玉豊教授は、2倍体の野生イチゴ Fragaria vesca(和名:エゾヘビイチゴ)の葉の細胞に外来遺伝子を一過的に導入するアグロインフィルトレーション法注1)を開発することで、イチゴ遺伝子の機能解析を可能にする実験系を構築しました。本研究では、イチゴの花の形態を制御する転写因子を葉細胞に一過的に発現させ、レポーター遺伝子注2)を用いた転写活性化解析でその機能を評価し、遺伝子制御機構の一端を明らかにしました。今後は本手法を用いて様々なイチゴ遺伝子の機能が解明されることが期待され、将来的にはイチゴの品種改良に貢献できると考えられます。本成果は、2025年7月1日付で国際学術誌 Scientific Reports に掲載されました。

■研究背景 
商業用栽培イチゴ(Fragaria × ananassa)は、豊かな香りや味に加え、ビタミンや抗酸化物質などの生理活性化合物を豊富に含む果実であり、その品質向上には、果実の形態・風味・機能性成分を左右する遺伝子機能の解明が不可欠です。しかし、8倍体という複雑なゲノム構造を持つため、遺伝子機能の解析が困難です。一方、栽培イチゴの祖先種である2倍体の野生イチゴ(Fragaria vesca)はゲノム構造が単純で、モデル植物として広く利用されています(図1)。植物における遺伝子機能解析には、短期間で効率的に遺伝子を導入できる一過性発現系が広く利用されており、とくにアグロバクテリウムを用いたアグロインフィルトレーション法が代表的な手法です。この手法はイチゴ果実にも応用されてきましたが、果実の構造が複雑であることから、遺伝子導入の効率や再現性に課題がありました。
 こうした背景のもと、タグン特任助教と児玉教授は、野生イチゴを用いて、生きた葉組織への遺伝子導入に適したアグロインフィルトレーション法の確立と最適化を行いました。さらにこの手法を用い、イチゴの花器官の形成を制御する転写因子FvENOの機能解析を実施するとともに、将来的な有用遺伝子の導入に向けて、転写活性の高いプロモーター注3)(=遺伝子の転写スイッチ)の選定を目的に、複数の異なるプロモーターの活性を比較評価しました。

■研究成果
本研究ではまず、野生イチゴの葉に対するアグロインフィルトレーション法に最適なアグロバクテリウム株を選定しました。GFP(緑色蛍光タンパク質)をコードする遺伝子カセットを導入した4種のアグロバクテリウム株(GV3101、EHA105、MP90、LBA4404)を葉に注入し、共焦点レーザー顕微鏡で蛍光を観察した結果、EHA105株で最も強い蛍光が検出され、高い遺伝子導入効率が示唆されました。さらに、同じ遺伝子カセットでGUSレポーター遺伝子を導入し、GUS酵素活性を測定したところ、EHA105株が最も高い活性を示し、定量的にも導入効率が優れていることが確認されました(図2)。これらの結果から、EHA105株を用いることで、野生イチゴの生きた葉に対し、高効率かつ再現性の高い一過性発現系を構築できることが実証されました。

次に、遺伝子導入効率の高いEHA105株を用いて、花器官の形成を制御する転写因子FvENOの機能を解析しました。FvENOを葉の組織で一過的に発現させた結果、幹細胞の維持に関与するFvWUSと細胞分化を促進するFvCLV3の発現がともに抑制されました。さらに詳しい解析により、FvENOはFvWUSのプロモーター領域(=遺伝子のスイッチ)に直接作用してその発現を抑える一方で、FvCLV3に対してはFvWUSを介して間接的に影響を与えている可能性が示されました(図3)。

最後に、今後の遺伝子機能解析や有用形質遺伝子の導入に向けて、発現効率の高いプロモーター配列の評価を行いました。ウイルス由来のCaMV 35Sプロモーターを含む複数の候補について、GUS レポーター遺伝子と組み合わせて葉に導入し、その転写活性を比較しました。その結果、野生イチゴ由来のFvEF1αプロモーターが最も高い活性を示し、野生イチゴにおける有効な高発現プロモーターとして同定されました

■今後の展望
本研究により、野生イチゴの葉に対して高効率かつ高再現性の一過性遺伝子発現系が確立され、遺伝子機能解析の新たな基盤技術が提供されました。今後はこの手法を応用し、イチゴの農業形質に関わる遺伝子機能解析を加速させるとともに、有用遺伝子の導入やプロモーターの最適化を通じた育種への展開が見込まれます。また、FvENOの下流ネットワークの解明を通じて、花器形成機構の種間比較や進化的理解にも貢献することが期待されます。

■研究支援
本研究は、文部科学省の国立大学法人運営費交付金(教育研究組織改革分)による関連事業として、宇都宮大学イチゴプロジェクトの一環で実施されました。

■用語解説
注1)アグロインフィルトレーション法:土壌細菌の一種アグロバクテリウムを使って植物の細胞に目的の遺伝子を一時的に導入する技術であり、遺伝子の働きを速やかに調べることが可能な技術。
注2)レポーター遺伝子:目的の遺伝子の発現量やその制御を調べるために用いられる遺伝子で、発現すると光を放ったり、色素反応を起こしたりすることで、発現の有無や強さを視覚的に評価することが可能。本研究ではGUSやGFPが用いられた。
注3)プロモーター:遺伝子の発現(=転写)を制御するDNA領域で、遺伝子のスイッチのような役割を果たす。プロモーターの強さによって、どれくらいの量の遺伝子産物が作られるかが左右される。

論文情報
論文名:Agroinfiltration technique for elucidating the functions of strawberry genes in Fragaria vesca
 (野生イチゴ Fragaria vesca における遺伝子機能解明に向けたアグロインフィルトレーション法の開発)
著者:Chonprakun Thagun, Yutaka Kodama*
掲載誌:Scientific Reports 
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-025-08344-0

英文概要
Unraveling gene function is crucial for enhancing quality traits in commercially cultivated strawberry (Fragaria × ananassa) through biotechnology. However, such analysis is hindered by the complexity of the octoploid genome (2n = 8x = 56) of F. × ananassa. In this study, we leveraged the ancestral wild strawberry species Fragaria vesca as an experimental model and developed an Agrobacterium tumefaciens–based leaf infiltration (agroinfiltration) technique to elucidate the functions of genes and regulatory sequences in strawberry. We transiently expressed genes encoding transcriptional regulators that govern floral organ development in F. vesca leaf cells, allowing us to investigate the underlying regulatory mechanisms through in planta gene expression and transactivation assays. Our agroinfiltration method serves as a practical tool for studying the activities of genes controlling economically important traits in strawberry.

本件に関する問合せ
(研究内容について)
国立大学法人 宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター 教授 児玉豊
TEL:028-649-5527 FAX:028-649-8651 E-mail: kodama@cc.utsunomiya-u.ac.jp 
(報道対応)
国立大学法人 宇都宮大学 広報・渉外係
TEL:028-649-5201 FAX:028-649-5026 E-mail: kkouhou@a.utsunomiya-u.ac.jp