生物は変動する周囲の環境に応じて形や行動を様々に変化させることで繁栄を遂げています。このような生物の環境応答の分子機構とその進化過程を、ミジンコなどの節足動物類を利用して明らかにしたいと考えています。
ミジンコの環境応答を制御する分子基盤の研究
ミジンコは通常メスのみでクローン繁殖をします。しかしながら、ミジンコは同じ遺伝子を持つクローンであっても環境に応じて異なる表現型を作り出します。例えば、ミジンコは捕食者から放出される匂い物質を感受すると防御形態をつくります(図1−1)。防御形態を持つミジンコは捕食者から食べられにくくなります。また、ミジンコは生息環境が悪化するとオスを産生し(図2−1)、有性生殖をおこないます。有性生殖では多様な遺伝子の組み合わせが生じるため、クローンで生まれた均質な子供よりも生き残る可能性が高まります。どのようにしてこのような複雑な環境応答を制御しているのか、その分子機構の解明に取り組んでいます。
図1−1(左):ミジンコの通常形態と防御形態。矢印はネックティースと呼ばれるトゲ状の防御構造。
図1−2(右):オオミジンコのメスとオス。矢印はオスに見られる長い第一触角。
幼若ホルモン経路の進化がもたらす節足動物の多様化過程の研究
幼若ホルモン(JH)は昆虫類や甲殻類を含む節足動物に共通して生殖や変態を制御する重要なホルモンです(図2−1)。一方でJHは、社会性昆虫のカースト分化やミジンコの環境依存型性決定など、特定の種や分類群で新規に獲得された現象の制御を担う例も数多く知られています(図2−2)。このJH経路が共通の機能を維持しつつ同時に様々な新規機能を獲得してきた背景の理解は多様な節足動物の進化過程を理解する上で重要です。そこで、JHの受容体の性質や機能を様々な節足動物種間で比較することで、節足動物類の進化過程を理解しようと研究をおこなっています。
図2−1(左):様々な幼若ホルモンと幼若ホルモン類似体の構造。
図2−2(右):幼若ホルモンをミジンコに曝露すると子供がオスになる。