葉緑体運動とフォトトロピン

植物細胞は、様々な環境変化を敏感に感じ取り、光合成を担う葉緑体の細胞内配置を頻繁に変えることが知られています。葉緑体が細胞内配置を変える現象は、葉緑体運動と呼ばれます。たとえば、弱光下の植物細胞は、葉緑体を細胞表面に配置し、光合成を最大化します。一方、強光下の植物細胞は、葉緑体を細胞接着面に配置し、光ダメージを回避します。我々は、植物細胞がどのようにして環境を感知し、葉緑体の細胞内配置を変えるのかに興味を持っています。

<葉緑体の寒冷逃避運動>

我々は、葉緑体の細胞内配置が光環境の変化だけでなく、温度変化に応答しても変わることに気がつきました。たとえば、20℃前後の弱光下で栽培されているホウライシダやゼニゴケの葉緑体は細胞表面に配置するのですが、これを0℃付近の環境に移すと、葉緑体は細胞表面から細胞接着面に移動します(J Plant Res, 2008Plant Cell Environ, 2013)。最近、被子植物でもこの現象が観察されることがわかりました(PNAS, 2017)。このような低温で誘導される葉緑体運動は、我々が100年ぶりに再発見した生理現象であり、「葉緑体の寒冷逃避運動」と名付けました(J Plant Res, 2008)。観察実験によって、寒冷逃避運動の際には葉緑体が押しくら饅頭のように凝集しながら運動することや(J Plant Res, 2017)、細胞骨格分子であるアクチンを利用して運動すること(Peer J, 2016)もわかってきました。また、葉緑体だけでなく、核やペルオキシソームも低温に応答して細胞内配置を変えることも明らかになりました(Plant Cell Environ, 2013)。

<フォトトロピンによる植物の低温感知>

寒冷逃避運動は、青色光を感知するタンパク質(青色光受容体)として知られるフォトトロピンによって制御されます(J Plant Res, 2008)。我々は、寒冷逃避運動が誘導される際、フォトトロピンが青色光受容体としてだけでなく、低温を感知する温度受容体としても働くことを発見しました(PNAS, 2017)。フォトトロピンは、細胞内では、細胞膜で低温センサーとして働きます(PNAS Nexus, 2022)。多くの生物が持つ様々な光受容体(例えば、ヒトの目で働くロドプシンなど)も、フォトトロピンと同様の機能を持っています。そのため、本研究成果は、多くの光受容体が温度受容体として働く可能性を示唆するものであり、生物の温度感知に関する新しい説を提唱できたと考えています。

<葉緑体配置を制御して植物の生育を良くする>

葉緑体の寒冷逃避運動は植物の越冬や低温耐性に関与することが示唆されています(J Plant Res, 2008)。また寒冷逃避運動は、低温下における光合成の最適化に関与することもわかりました(PNAS, 2017)。また、フォトトロピンの温度感知機能を人為的に改変することにも成功しました(PNAS, 2017)。将来的には、フォトトロピンが関与する分子機構を改変することによって、低温下(冬期など)における植物バイオマスの増加や農作物の効率的な栽培に貢献することも期待されます。また、葉緑体配置を人為的に制御することで、レタスの形態を制御することにも成功しました(Sci. Hortic, 2019)。この制御方法は、植物工場での作物栽培に貢献できると考えています。

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