宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターの米山香織博士研究員らが植物の枝分かれ抑制ホルモンをつくる酵素を発見

投稿者: | 2016年5月17日

植物は自身の形づくりのために、体内で「植物ホルモン」とよばれる化学物質を作ります。植物が枝分かれ(脇芽の成長)を抑制するときに利用している植物ホルモンはストリゴラクトンとよばれている化学物質です。宇都宮大学とオーストラリア・クイーンズランド大学などによる国際共同研究グループは、植物体内でストリゴラクトンが作られるために必要な新しい酵素を発見しました。植物の枝分かれは、花や種子の数に影響します。したがって、本成果は農作物やバイオマスなどの増収を目指した応用発展も期待されます。

本成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)』への掲載に先立ち、5月16日15時(アメリカ東部時間)同紀要のオンライン版に掲載されます。
※米国科学アカデミー紀要は自然科学全領域のほか、社会科学、人文科学も含む総合学術雑誌としてネイチャーやサイエンスと同様にインパクトの大きい研究が掲載される雑誌です。

〈ポイント〉

・枝分かれ抑制ホルモンとして働くストリゴラクトンの構造はわかっていない

・植物体内でストリゴラクトンが作られる後期段階で働く新しい酵素を発見した

・農作物やバイオマスなどの増収研究への貢献が期待される

〈今後、どのように発展していくか〉

枝分れ抑制ホルモンを作る後期段階で働く酵素が発見されたことから、その酵素をターゲットとした植物成長調節剤の開発につながります。植物の枝分かれは、花や種子の最終的な数を決める重要な因子です。したがって、枝分かれを制御することは、作物の生産性や栽培作業の効率化につながり、将来的には農作物やバイオマスなどの増収を目指した応用発展も期待されます。

〈本共同研究グループについて〉

本研究は、宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターの米山香織博士研究員、野村崇人准教授、米山弘一教授とオーストラリア・クイーンズランド大学のChristine Beveridge教授らのグループの主導で進められ、国内からは大阪府立大学大学院生命環境科学研究科の秋山康紀教授と東北大学大学院生命科学研究科の山口信次郎教授らが参画して実施されました。

<背景>

ストリゴラクトン[1]は、植物の枝分れ(脇芽の成長)を抑制する植物ホルモン[2]です。また、根から分泌されたストリゴラクトンは、アーバスキュラー菌根菌[3]と植物との共生を促し、根寄生雑草[4]による寄生も促進します。これまでの研究から、カロテノイドの一種であるβ—カロテンが、D27、CCD7 (MAX3)、CCD8 (MAX4)酵素により、カーラクトン(CL)と呼ばれる生合成中間体に変換され、CLからMAX1酵素によってストリゴラクトンが生成するとされていました(図)。現在までに30種類以上のストリゴラクトンが見つかっており、その構造多様性から、未知の酵素の存在が示唆されていました。

<研究方法と成果>

本研究では、ストリゴラクトン生合成に関わる未知の酵素を探索するために、シロイヌナズナを材料として、茎頂の除去(脇芽誘導処理)、オーキシン極性移動阻害剤[5]処理などの8種類の処理において既知のストリゴラクトン生合成酵素遺伝子と同じように発現量が変動する遺伝子を、DNAマイクロアレイ[6]によって探索しました。その結果、LATERAL BRANCHING OXIDOREDUCTASE (LBO)と名づけた酸化還元酵素(2-オキソグルタル酸依存型ジオキシゲナーゼ[7])をコードする遺伝子を発見しました。シロイヌナズナのlbo変異体はストリゴラクトン生合成欠損変異体(max1, max3, max4など)に似た特徴的な枝分れ過剰の表現型を示しますが、掛け合わせによってmax変異体の表現型を増強させないことから、LBO酵素はMAX酵素と同様にストリゴラクトン生合成経路に関わっていることが確認されました。lbo変異体は、MAX1の基質であるCLおよびMAX1の代謝産物であるカーラクトン酸メチル(MeCLA)に対して、max変異体に比較すると低い感受性を示しました(図)。LC-MS/MS分析[8]から、lbo変異体には、CLおよびMeCLAが蓄積していることが分かりました。さらに大腸菌に発現させたLBOタンパク質は、MeCLAを未知の代謝物へと変換することが明らかとなりました。現在、LBO代謝物の構造解析を進めています。

<今後の期待>

植物の枝分れの制御は、花や果実、種子の数を決めることになりますので、作物の生産性や栽培作業の効率化につながります。農作物やバイオマスの増収を目指した応用発展も期待されます。本研究では、枝分れ抑制ホルモンであるストリゴラクトン生合成の後期段階に関わる酵素LBOを発見したことで、LBOをターゲットとした新しいタイプの薬剤を見いだすことにより、枝分れを人為的に調節する技術開発の可能性が広がりました。

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シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のストリゴラクトン欠損変異体max4max4 lbo二重変異体へのカーラクトン酸メチル(MeCLA)投与による過剰な枝分れの抑制(➡が枝分れを示す)。二重変異体ではMeCLAの効果が小さい。

 

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<補足情報>

  1. ストリゴラクトン:根寄生雑草Striga lutea (S. asiatica)の種子発芽を誘導する物質としてワタの根から分泌されるストリゴール(strigol)が発見された。その後、ストリゴールに良く似た構造の発芽刺激物質が次々と発見され、ストリゴラクトン(strigolactone)と名づけられた。ストリゴラクトンはアーバスキュラー菌根菌の共生シグナルとしても働く。また、植物ホルモンとして、植物地上部および地下の形態形成、二次(肥大)成長、種子発芽、根毛の伸長成長などを制御している。
  2. 植物ホルモン:植物の成長を制御する内生の化学物質の総称。一般に植物ホルモンは、植物体内ではごくわずかしか作られない。これまでに、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、エチレン、アブシジン酸、ブラシノステロイド、ジャスモン酸、サリチル酸、ストリゴラクトン、CLEペプチドなどが発見されている。
  3. アーバスキュラー菌根菌:80%以上の陸上植物と共生する菌類。植物の根の中に菌糸を伸ばして入り込み、アーバスキュル(樹状体)を形成する(内生菌根菌)。植物の根が入り込めない土壌のすき間に菌糸を伸ばしてリン、窒素などの無機栄養分を吸収し、アーバスキュルで植物に与える。植物からは代わりに光合成産物(糖)を受け取ることによって共生する。植物の根から分泌されるストリゴラクトンによって菌糸分岐が誘導され、共生が促進される。植物は菌根菌との共生によって栄養・水分の獲得が容易になるだけではなく、耐乾燥性などの環境耐性や耐病性を獲得する。
  4. 根寄生雑草:高等植物の約1%(〜4500種)が他の植物に寄生する寄生植物であり、寄生する部位によって茎寄生植物、根寄生植物などに分けられる。根寄生植物のうちストライガ(Striga)とオロバンキ(Orobanche)は、世界の農業生産に甚大な被害を与えている強害雑草である。根寄生雑草の種子は微小(長径2〜0.3 mmの紡錘形)で、土壌中では20年以上休眠状態で生存している。一般の食部物の種子とは異なり、適当な温度、水分、酸素だけでは発芽せず、植物の根から分泌される発芽刺激物質を受け取った時にだけ発芽する。代表的な発芽刺激物質がストリゴラクトンである。
  5. オーキシン極性移動阻害剤:植物ホルモンの一種であるオーキシン(インドール酢酸, IAA)は、茎頂分裂組織などで生産されて根(基部)に向かって移動(極性移動)する。この極性移動は、細胞内への取り込みと排出を司る輸送体(タンパク質)が関わっている。オーキシン極性移動阻害剤は、この輸送体の機能を特異的に阻害する。オーキシンはストリゴラクトンと相互作用して脇芽の成長を抑制していると考えられている。
  6. DNAマイクロアレイ:基板上に配列既知の短いDNA断片を数十万個配置し、分析対象のサンプルから抽出したメッセンジャーRNA (mRNA)から調製したcDNAをハイブリダイゼーションさせることによってmRNAの発現量を網羅的に解析する手法。
  7. 2-オキソグルタル酸依存型ジオキシゲナーゼ:二原子酸素添加酵素とも呼ぶ。2-オキソグルタル酸を電子供与体として、基質と2-オキソグルタル酸のそれぞれに1原子の酸素を取り込む反応を触媒する。触媒反応には二価の鉄イオンとアスコルビン酸が必要である。
  8. LC-MS/MS分析:液体クロマトグラフ装置で分離したサンプルをイオン化し、2台直列に連結した質量分析計によって分析する方法。1台目の質量分析計で特定のイオンを選び、アルゴンや窒素をイオンにぶつけて分解し、生じた二次イオンを2台目の質量分析計で検出する。化学物質によって特徴的な分解様式を選ぶことによって高感度で特異的な分析が可能である。1ピコグラム(1×10-12グラム)以下のストリゴラクトンを検出できる。

 

【論文】

Philip B. Brewer, Kaori Yoneyama, Fiona Filardo, Emma Meyers, Adrian Scaffidi, Tancred Frickey, Kohki Akiyama, Yoshiya Seto, Elizabeth A. Dun, Julia E. Cremer, Stephanie C. Kerr, Mark T. Waters, Gavin R. Flematti, Michael G. Mason, Georg Weiller, Shinjiro Yamaguchi, Takahito Nomura, Steven M. Smith, Koichi Yoneyama, Christine A. Beveridge “LATERAL BRANCHING OXIDOREDUCTASE acts in the final stage of strigolactone biosynthesis in ArabidopsisProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America

 

【共同研究グループ】

本研究は、宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターの米山香織博士研究員(日本学術振興会特別研究員RPD)、野村崇人准教授、米山弘一教授ら、大阪府立大学大学院性環境科学研究科の秋山康紀教授ら、東北大学大学院生命科学研究科の瀬戸義哉助教(現、米国ソーク研究所)、山口信次郎教授ら、およびオーストラリア、クイーンズランド大学のPhilip Brewer博士、Christine Beveridge教授ら、西オーストラリア大学のAdrian Scaffidi博士、Gavin Flematti博士、Steven Smith教授(現、タスマニア大学)ら、オーストラリア国立大学のTancred Frickey博士らとの共同研究として実施されました。

 

【研究サポート】

本研究は、科学研究費補助金(文部科学省、日本学術振興会)、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業(農林水産省)のサポートを受けて実施されました。

 

【本研究に関するお問い合わせ先】

国立大学法人 宇都宮大学

バイオサイエンス教育研究センター

担当:教授 米山弘一

TEL:028-649-5152

E-mail : yoneyama@cc.utsunomiya-u.ac.jp

 

【報道担当】

国立大学法人宇都宮大学

企画広報部企画広報課(担当:渡邉)

TEL:028-649-5201

FAX:028-649-5026

E-mail:kkouhou@miya.jm.utsunomiya-u.ac.jp